不良君
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始業式の後はホームルームで今日は終わりらしい。
二年A組の教室へ向かう道すがら、恵美が簡単に校内を教えてくれた。一階は図書室や化学室などの特別室ばかりで、各学年の教室は二階と三階にまとまっているらしい。
職員室は一年生と二年生の教室がある二階で、三階には三年生の教室と音楽室や美術室のほか、進路指導室などの資料室もあるとか。
運動部などの部室は校庭横の部室棟という二階建ての建物にまとめられており、文化部は校舎内といった具合に分かれているらしい。水泳部だけは部室棟とは反対側の校庭横にあるプールと更衣室がある建物に部室があるという。
とはいえもう二年生だし、ゲーム課金のためにバイトもしたい。部活に入る気はないからこの知識を使う事はないだろう。
恵美と話しながら二年A組の教室に入ろうとしたとき、ちょうど出てきた男子生徒とぶつかってしまった。
なかなか体格の良いその生徒は指定のネクタイを締めるべき襟元が盛大に開かれていて、中に着ている黒いTシャツといかついシルバーのネックレスがよく見える。足元、というかズボンはやっぱりというべきか腰の低い位置でベルトに固定されていた。裾で良く見えないが、履き古された上履きの踵はきっとぺしゃんこだろう。
女子の平均身長まんまな私がぶつけた鼻先をおさえつつ顔を上げると、相手も同じようにこちらを見下ろしたところで目が合った。
「あ?」
「いたぁ……。ごめんなさい、よそ見してて」
低い声が唸るように発せられて、周囲の生徒が息をのむのが伝わってきた。
確かにぱっと見やんちゃしてそうな男の子だが、白高は進学校である。それもちょっと偏差値高めの。そんな学校にまさか不良なんているはずもないだろう。
咄嗟にそこまで考えたわけではないが、前世でも今世でも一般的に不良と言われるような人と関わったことがない私である。そして前世から引き続いてゲーマーなだけでなく漫画やアニメ、ラノベといったサブカルチャーにも慣れ親しんでいる。
つまり何が言いたいかというと、こんな見るからに不良っぽい人はある意味見慣れている。なんなら現実で見られてちょっとしたコスプレ鑑賞気分だ。
鼻が赤くなっていないか気になりつつ、物珍しさからついつい不良君(と仮称する)を観察してしまった。
「……チッ、気ィつけろ」
「うん、ごめんね」
小さな舌打ちと共に低い声で言われてとりあえず謝った。実際はお互い様だとは思うけど、たとえ自分が悪くなくてもとりあえず流れるように謝罪の言葉が滑り出てしまう。悲しい社会人の習性である。
そのまま階段の方へと向かう不良君に思わず声をかけてしまった。
「ねぇ、もうホームルーム始まるよ?」
「……あ゛? ……俺に言ってんのか?」
「他に誰がいるの?」
距離があったので声を張ったおかげか、ちゃんと不良君に向けて言ったのだとわかってもらえたようで一安心である。
しかし教室から出てきたことと、彼の上履きのカラーリングが二年生の物だったのでついクラスメイトかと思ってしまったのだが、もしかしたら別の階に教室がある同級生だったのだろうか。
「あれ、同じクラスじゃなかった? だったら引き留めてごめんね」
「…………」
確認のために聞いたのだが、不良君はじろりと鋭い目で私を見ただけで何も言わずに階段を下りて行ってしまった。やっぱり自分のクラスに戻るのではなく帰ろうとしていたらしい。
見た目からして不良感満載だったが、行動までとは恐れ入る。さぼりたいとは思っても実行する度胸のなかった前世である。今世についても同様に小心者なのでちょっと憧れというか、感心してしまう。
そんなことを考えていると、ふと周囲の生徒から驚愕の視線を向けられている事に気付いた。
「え、何……?」
「音子、大丈夫?」
「え、うん。ちょっとぶつかっちゃっただけだし、もう痛くないよ」
安心させるように軽く手を振って言えば、恵美はなんとも言えない顔をする。え、何。心配してくれた……というだけではないようだけど、他に何があるのかわからない。
首をかしげる私に、恵美が説明してくれた。
さっきの不良君は火口将也と言って、入学前から有名な不良なのだとか。不良が有名って意外と治安悪いな、なんて思いつつ周りにいた他のクラスメイトも話の輪に加わって来たのでそのまま話を聞いた。
いわく、中学時代に一人で隣町の不良高校の生徒全員をボッコボコにしたとか、ヤクザ相手に喧嘩して相手を入院させそこの組長に気に入られてスカウトされてるとか、警察にも目をつけられていて火口君の後をつける警察と思われるおじさんを見かけたとか……エトセトラ。
そんな漫画じゃあるまいし、と途中で笑いそうになってしまったが頬の内側を噛んで何とか耐えた。空気を読んで同調してるふりをするのは社会人の必須技能である。
本人の前では怖くて噂できないけれど、何も知らない私に注意を促すという名目で好き勝手に噂話に興じるクラスメイトたち。
正直、たったいま名前と顔を知っただけなのであまり先入観を持ちたくないのだが、かといってここで話を遮ったり煽るようなことを言って編入初日からクラスで浮きたくはない。火口君もこんな風に噂されたり遠巻きにされて腫れもの扱いされたらそりゃあ教室に居づらかっただろうな、と思わず同情してしまった。
早く話が終わらないかな、とクラスメイトたちの表向きは善意とも言える話に適当に相槌を打って聞き流していると、タイミングよく予鈴が鳴った。
「あっ、私まだ自分の席も確認してなかったから、ごめんね!」
これ幸い、とばかりに恵美の手を取り、教室へ逃げ込んだ。恵美はちょっと驚いた顔をしていたけど、彼女も自分の席は知らないはずなのでちょうどいいと思ったのだ。
教室前方の黒板に張られたA3サイズの座席表と、実際の机の配置を見比べながら自分の席を探す。残念ながら恵美とは少し離れた席のようで、彼女は窓側の後ろのほう。私も同じく窓側だけど前のほうである。
山本と花咲なので当然といえば当然だと思ったが、全体的な配置を見るに単純な名前順の配置ではないようだった。その証拠に私の隣の席の男子は風間君というらしい。さらに本来なら同じは行で私と席が近くなりそうな火口君や、氷室といった苗字の男子が廊下側にいる。
変わった席順を不思議に思っていると、始業式前に挨拶をしたばかりの福田先生が教室に入って来たので慌てて恵美と別れて自分の席に座ったのだった。




