和解
トイレを済ませてから少し足を伸ばして自販機に寄って三人分の飲み物を買ってから保健室に戻ると、室内には誰もいなかった。
いや、カーテンの向こうから何を話しているのかまでは聞こえないまでも、声が聞こえるので恵美が吹野さんと話しているのだろう。代わりに話を聞きだしてくれているのならありがたい、と思ってちょうど声が途切れたタイミングで声をかけた。
「二人とも、喉乾いてない?」
「あっ、うん、ありがと音子」
「花咲さん……ごめんなさい!」
カーテンを開けたのは恵美で、その奥にいた吹野さんが目を潤ませながら勢い良く頭を下げるのが見えた。
「気にしないで、落ち着いたみたいで良かった。お茶と紅茶、どっちがいい?」
「あ、じゃあ紅茶で……」
できれば呼び出しと、急に泣きだした理由を教えてほしいけど、まだぐすぐす言ってる子から聞き出すのもどうなのかと思い、紅茶のペットボトルを差し出した。
恵美にも残り二本を差し出すが、「どっちも同じのじゃん!」と選ぼうとして選ぶ余地がないことに気付いて案の定つっこまれたのでてへ、と笑ってごまかしておく。
文句を言いつつ片方を受け取るあたり、思わず出ただけで特に不満はないのだろう。
そのまましばし三人とも水分補給で無言になった。
五限目の授業はもう始まっているし、恵美を通じて先生には連絡済みなので急いで戻る必要はないだろう。授業終了まであと数十分あるが、吹野さんは目元や鼻が真っ赤になっていてもしかしたら六限にも出られないかもしれない。
さすがに恵美と私は六限には戻らないとまずいが、それでもゆっくり話すにはじゅうぶんな時間があった。
喉を潤し一呼吸ついたタイミングで吹野さんへ視線を向ければ、彼女もこちらを見ていたようで目が合った。
吹野さん自身も話さなきゃいけないと思っていて、同じくタイミングを見計らっていたのだろう。そう思った私は開きかけた口を閉じて無言で促すことにした。
飲物を買っている間に少し冷静に考える事ができたので、もしかして、という予想は立ててきている。多分だけど、その予想は間違っていない。
「――……今日は急に呼び出したりして、ごめんなさい」
言葉を探すように視線を彷徨わせたあと、吹野さんは決心したように口を開き、深く頭を下げた。
「……私、一年からサッカー部のマネージャーをしていて…………」
そこで言いにくそうに口をもご付かせる吹野さんの頬が徐々に染まっていくのを見て、私は「やっぱりか」と予想的中になんだか脱力してしまった。
保健室に備え付けのソファに腰を下ろした私に吹野さんは伺うような視線を向けてくるけど、結局恥ずかしいからと誤魔化すのではなく、ちゃんと自分の気持ちをいう事に決めたようだった。なかなか誠実な子のようだし、理由も察したのでわりともうどうでもよくなってきているのだけど、さすがにそれを顔に出すのは失礼なのでまじめな顔で話を聞く。
「風間君のことが、好きなの」
「うん、そうかなって思ってた」
聞く、と思った直後に「やっぱりねー」とばかりに口を滑らせたけど、オブラートには一応、かろうじて、なんとなく、包まれている……気がするのでセーフ、と思いたい。
思えば、先日の違和感も彼女だったのだろう。風間君と話しているときにだけ感じた違和感。あれはきっと吹野さんがこちらを見ていたのだ。
好きな人と編入したばかりで良く知らない私が楽しげに話していたら、そりゃあ気になって見てしまうだろう。
喪女だった前世でも学生の頃……二十代前半ぐらいまではそれなりに色恋に夢見たりもしたし、今生でも周りから浮かない程度には周囲の恋バナに混ざってきたつもりなので、彼女の気持ちはよくわかる、とは言えないまでも理解はできた。
まぁ、だからって直接呼び出して話を付けようとする思い切りの良さと行動力には恐れ入るが。
吹野さんが心配する通り、仮に私が風間君に好意を抱いていたらどうするつもりだったのか。タイマン勝負でもするつもりだったんだろうか?
その場合、私はまず行動阻害系のスキルを先に……ってゲームのPVPじゃない。ゲーム脳落ち着け。
「わ、わたし、そんなにわかりやすい……?」
初対面の私に自分の気持ちがばれていた事にさらに顔を赤くした吹野さんは両手で顔を覆うと、その隙間から震える声で漏らす。聞きたくないけど聞かざるを得ないといった感じだ。
そりゃあまぁ初対面の人に自分の好意が駄々洩れというのは恋愛感情と無縁の喪女でも嫌だと思う。つまり好きな人にも気付かれている可能性があるのだし。好きな人とか二次元にしかいたことないけど。
「いや、今日吹野さんに呼び出されたのと、この間から風間君と話してるときに妙に視線を感じるな、って思ってたのとを合わせて考えたらそうなのかな、って思っただけだから安心していいよ」
赤い顔が青くなりそうな吹野さんに慌てて説明すれば、彼女はほっと安堵の息をついた。その拍子に涙がまた一粒こぼれた。私のせいではないはずなんだが、なんかめちゃくちゃ泣かせまくっててごめん……。
「えと……その、だから、花咲さんが風間君からサッカー部のマネに誘われてるの聞いて、焦っちゃった、っていうか……断らなかったし……」
「あー、断るタイミング逃してそのままだわ……」
「音子ぇ……」
「正直すまんかった。いや、ほんとにごめん」
当事者ではないからと気を使ってくれていた恵美が思わず呆れたような声を出す。あまりシリアスな雰囲気に慣れていないせいでふざけてしまいがちだけど、これは私が悪い。いやでも私がやる気ないのは風間君もなんとなく察してくれてるのではなかろうか? その証拠にその後マネージャーの話は振られていない。
「あー、吹野さん、私は部活はいる気ないし、風間君とは席が隣だからちょっと世間話するだけで好きとかそういうのじゃないから」
「うん……話してみたらそうなんだろうなって思った。ごめんなさい、勘違いして……」
「いいよいいよ、そんな謝られるようなことじゃないし」
「ありがとう……」
やっぱり優しい、と小さな声でつぶやいた吹野さんはまた一つだけ涙をこぼした。
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