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転生ヒロインは何も知らない  作者:


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サポートキャラ④

 昼休み終了間近、音子から「いま保健室。次の授業遅れる。もしかしたら出れないかも」と連絡が来て、クラスメイトの吹野さんに呼び出されていることを知る身としては何が起きたのかと混乱するのは仕方がないと思う。

 授業開始前に先生に二人の鞄を持ったまま彼女らが保健室にいることを説明し、鞄を取ってきてほしいと言われている、とそのまま教室を飛び出した。鞄については言われていないが、嘘も方便ということで許してほしい。じゃなきゃ抜け出せないし、授業中ずっとソワソワして勉強どころじゃない。


 朝、吹野さんに声をかけられた音子に彼女について聞かれてから、私も気になってそれとなく一年の頃の友人にSNSを使って吹野さんについて聞いてみた。

 こんな聞き込みみたいなことしたのは初めてで、友人には少し怪しまれたものの、二年から同じクラスになったから、ということで納得してもらえたようだった。


 明るく快活、運動部のマネージャーをしているから男子ともよくつるんでいて、髪型もあって後姿だけだと男友達同士ふざけ合っているように見えることもあるという。

 私の中の吹野さんのイメージと変わらない感想に、やっぱりな、という感じである。

 なぜ彼女がいきなり音子に声をかけてきたのか、その理由がまるで分らない。

 クラスメイトであること以外、編入生の音子と吹野さんには何の接点もないはずなのだ。

 だというのに聞く限り好意的ではない雰囲気の呼び出しというのは違和感しかない。好意的な用件なら、それこそ呼び出す必要もないわけだし、越してきたばかりの音子にプライベートな――学校の友人たちにも知られたくないような個人的な用事があるとも思えない。


 今のところ私の知る限りで音子――ヒロインは特定の誰かを攻略しているわけではないように見える。

 あくまでもクラスメイトや同じ学校の生徒、顔見知りと言ったスタンスで攻略対象と接している。これは攻略対象ではない男子や女子に対しても同じだ。

 私との会話からも、音子がゲーム知識等ないように思う。いや、隠してるのかわからないがゲーマーっぽい言動はたまにするけど、それはRPGとかアクションとかで、乙女ゲーやもっと言えば『春いち』に関する知識は皆無といって良い。

 もちろん『春いち』ヒロインにそんな設定はない。


 このことから私は音子は私のような転生者ではなく、この世界も『春いち』によく似ているけど、ただ似ているだけの現実として認識した。

 私はたまたま前世の記憶があるけど、そこでプレイした『春いち』の知識がこの世界でどこまで通用するのかはわからない。なんせすでにヒロインがするはずだったカフェバイトを、サポートキャラにすぎない私がやっている。ゲーム内のどんなルートでもこんな展開はなかった。

 ゲーム内でひー君がよくいた屋上は立ち入り禁止で常に施錠されているし、委員会決めのときも立候補以外では何の委員会にも所属しないはずのヒロインがくじ引きでクラス委員になった。

 委員会はもしかしたら強制力とでもいうべきものなのかもしれないけど、それにしてもひー君の好感度を上げるために屋上へ通い詰めなければならなかったゲームと違い、現実では屋上に行ってもひー君には会えない。それどころかどこにいるのかすらさっぱりだ。強制力というものがあるなら全攻略対象と音子の間に働かなければおかしい。編入したばかりで全員と出会う今の時期は特にだ。

 つまり、強制力というより本当にただただ音子の運がなかっただけ、と言ったほうが納得できた。……どんだけ運がないんだ、ちょっと笑ってしまう。


 たん、と一段飛ばしに階段を駆け下り、保健室へ急ぐ。大急ぎで来たせいで若干息が上がったが、ドアの前で一度深呼吸してノックをしてから引き戸を開けた。


「失礼します。音子、大丈夫?」

「恵美? どうしたの?」


 保険医に向けた挨拶もそこそこに、目的の人物を探せばカーテンで仕切られたベッドスペースの向こうから音子が顔をのぞかせた。きょとんとした顔にどっと疲労感がこみ上げて深く息を吐く。

 都合の良いことに、保険医は席を外しているようでデスクには誰もいなかった。


「っはぁぁぁ……、何かあったのかと思った……」

「え? あー、ごめん。私は何ともないよ」

「急に保健室にいて授業出れないとか言うから怪我でもしたのかと思うじゃん……良かった」

「ごめんごめん、ちょっと……あー、教室に戻るに戻れなくって……」


 音子にしては珍しく(というほど私もまだ彼女のことを知らないが)歯切れの悪い返答に首を傾げた。音子はカーテンの向こう、ベッドの方を気にしているようでちらりと視線をそちらに向けた。

 誰かいるのか、なんて考えるまでもなく吹野さん以外にあり得ないだろう。


「結局何だったの?」

「それがさっぱり。聞こうと思ったら急に泣き出しちゃって……」


 確認のためとはいえ、本人に聞こえてしまうのもどうかと思って小声で尋ねれば、意図を理解してくれたのか同じように声を落としつつ首を傾げた。

 というか泣き出したって、どういうことなのか。「呼び出して泣かせる」ならわかるけど、「呼び出して泣く」は意味が分からない。慰めてもらうためにでも呼び出したのか? 初対面の編入生を?


「とりあえずさ、トイレ行って来ていい? 一人にするのもあれだし付き添ってたんだけど……」

「あーうん、行ってきな。私が代わりにいるよ」

「ありがと、ついでに飲物買ってくるね」


 私が持ってきた鞄から財布を取りだした音子が軽く手を合わせながら保健室を出ていった。

 泣いてる子ほっぽってトイレは確かに行きにくいし、水分補給もさせた方がいいだろう。ではその間に私は何をしようか、と考えたところでポケットのハンカチを思い出した。


「吹野さん? 私、同じクラスの山本だけど、大丈夫?」


 保健室に備え付けのシンクでハンカチを濡らして絞り、カーテン越しに声をかけた。

 カーテンの向こうからは小さくしゃくりあげるような息遣いが聞こえてきた。……号泣じゃないですか。


「えっと、これ。ハンカチ。冷やした方がいいと思うから使って。あ、音子は飲物買いに行ってくれてる」

「う……っ、なんでぇ……?」


 泣き顔は見られたくないかと思い、カーテンの隙間から濡らしたハンカチを差し込めば、受け取ってくれた。さらに泣かせてしまった気がするけど、とりあえず「なんで?」はこっちのセリフだな、と思った。


「えぇと……何があったか聞いてもいい? 話せる? 私や音子には言えないなら誰か呼んでくるよ」


 授業終わってからになるけど、と付け加えたところでしゃくりあげる声に交じって「サポキャラまで優じいぃぃ……」と聞こえた。



 ……えっ?!?!?!

閲覧・評価などありがとうございます。

励みにさせていただいています。

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