クラス委員会②
「資料、教室に置いて帰ろうか」
「あ、うん、そうだね」
氷室君が私に話しかけた声で、みんな動き出したようでまたぽつぽつと話し声が聞こえてくるが、その声量は先ほどよりだいぶ小さい。私も慌てて頷きながら持ったままの書類の端をホチキスで留めた。
生徒会長は遠目に感じた印象そのままに厳しい人らしいが、この場での監督者という立場を思えば当然の対応とも言える。
同じ作業を命じられた同僚が遊んでいたら、たとえ自分にそのしわ寄せが来ないとしても面白くはない。それに相方である男子生徒に至っては丸投げされていた分、不満も大きくなっただろう。部下の仕事の差配やモチベーションの維持向上は上司の務めである。
そう考えれば生徒会長はなかなか良い上司と言える。最後の注意も頑張ればその分早く帰れるぞ、という激励に思えなくもない。
切れ長の目と眉間の皺のせいで不機嫌そうに見える上に、言葉がきつめなので印象が冷たく近寄りがたい怖い人になってしまうが、あの整った顔を少し緩めて笑みでも浮かべればもう少し対人関係が良好になるんじゃなかろうか。
関係ないからこそ好き勝手思いながら最後の資料も無事ホチキス留めを終えた。作業内容的に先に手の空いた氷室君が資料の数を確認し、揃えておいてくれた束の上に最後の一部を重ねる。
「返してくるね」
「資料は俺が持ってくから、先帰っていいよ」
「それはなんか悪いし、一緒に行くよ」
教室までは短い距離とはいえ、最後に丸投げするのもどうかと思い、さっさとホチキスを返しに席を立つ。聖属性的優しさで遠慮されるのを避けるためだ。
一番近くにいた役員の女子生徒に声をかけて返却をすると、ふとこちらを見ている生徒会長と目が合った。
その視線の意味が分からずとりあえず会釈すると、冷たい印象を与える目元が僅かに細まり薄い唇が開いた。
「二年A組のクラス委員か」
「そうですが……?」
え、なんで話しかけてくるの? 何の確認? 正直やめてほしい。ファンがいるような有名人と違ってこちらは編入したての顔見知りすら少ない空気並のモブである。社会的地位のようなあれがこれで決定的にそれである。どれだ。
想定外のことにとっちらかった私の内心など知らないはずの生徒会長の眉間の皺が濃くなる。声に出てはいないはずだが、顔に出ていたのだろうか。馬鹿正直な自分の表情筋が恨めしい。素直といえば聞こえはいいが、それが美徳になるのは時と場合によるのだ。空気の読めない素直さは時に嘘以上に自分の首を絞める。
「……いや、終わったのなら帰っていい、ご苦労だったな」
「ア、ハイ。お先に失礼します」
生徒会長の非情さを感じさせる薄い唇が何か言いかけて開いたけれど、結局それは言葉にはならなかったようだった。当たり障りのないお言葉に小市民たる私は素直に頷いた。
一学年しか変わらないというのに人間性というかスペックに差がありすぎる。前世の仕事ができて頼りになるけど冗談が通じなくて呼ばれるたびに胃が痛くなるほど緊張した上司を思い出すほどだ。定年間近の上司と同じような貫録を出す高校三年生とは。年齢詐称疑惑が急浮上だ。
そそくさと席に戻ればすでに資料の束を持った氷室君が待っていた。長めの前髪と眼鏡の向こう側から気遣わし気な視線を向けられて苦笑を返す。君のお兄さん、本当に高校生? なんて今日初めて会話した人に聞けるはずもないので。
私も鞄を肩にかけて二人そろって視聴覚室を後にした。私達の前にもすでに作業を終わらせて帰宅した委員もいたようで、人数は最初に比べるといくらか少なくなっていた。
「――大丈夫だった?」
廊下を少し歩いて一つ目の曲がり角を曲がったところで氷室君が口を開いた。視聴覚室を出るときから何かを言いたそうに口をもごもごさせていたのには気付いていたので驚きはない。
「うん、ご苦労さまって言われただけだよ」
上司みたい、とは言わなかったけど、氷室君には伝わったみたいで苦笑を返された。
空気を読んで口を噤めるくせに顔に出るタイプですまん。
「兄さんはちょっと……かなり頭固いけど、悪い人じゃないから……」
わざわざ言い直すあたり、周囲からの生徒会長への印象が伺える。
そんなことないよ、とはよく知らない私が言えるはずもなく曖昧に笑ってごまかした。まぁ委員会中の短い間、しかも直接言葉を交わしたのは最後の一言のみという私でも否定できないな、とは思ったけど。謙遜も社交辞令も度が過ぎれば嫌味でしかない。
「あ、でも氷室君と生徒会長って結構似てるよね」
「えっ」
先ほど話しかけられた際に初めて真正面からちゃんと見た生徒会長は、恵美が言っていたように確かにイケメンだった。全体的にシャープな印象で、怜悧という言葉がよく似合うのはきっと涼やかな目元と銀縁の眼鏡、あとは薄い唇のせいだろう。
印象は真逆と言ってもいい弟の氷室君だし、目元は良く見えないのでわからないが鼻の形や唇がよく似ていた。
そう思っての言葉だったのだが、なぜか本人は驚いたような声をあげる。そこに嫌がるような色がなかったのでとくには気にせず、そう思った根拠を上げた。
「印象は違うけど、口元が結構似てるな、って。あ、でも氷室君てここにほくろあるんだね」
改めて生徒会長の口元を思い浮かべながら少し高い位置にある氷室君の口元を凝視すると、前髪に気を取られて見落としていたが口元に小さなほくろがあるのに気付いた。自分の口元の同じ位置を指さしながら間違い探しの答えを見つけたような気持ちで言えば、生徒会長によく似た薄い唇がぽかん、と開いてから笑みを形作った。
「ふっ、くく……っ」
「え、なに、どうしたの? 混乱デバフ?」
「あはっ、デバフって……っふは」
いや、会話の途中に脈絡なくいきなり笑いだしたら状態異常かと思うじゃん。ゲーム脳なのは認める。
持っていた資料が皺になりそうなほどお腹を抱えて口元を押さえながらも笑い続ける氷室君に、私は訳が分からずぽかんとするしかない。どうやらツボに入ったらしくなかなか笑いの波が治まらない。私の方が混乱状態だ。
しばらくして笑いが治まった氷室君は、「花咲さんって面白いね。今度兄さんに俺らが似てるって話してみるよ」と実に楽し気だった。
似てると思ったのは私の主観的な感想であって、大多数の人が言ってないならそれは私の気のせいだと思うからやめた方がいいよ。私が恥をかくから。
とりあえず、不安だらけの委員会でも相方とは良好な仲を築けそうで安心はできた。
脳内で「音子は 称号【面白い】を 手に入れた!」というシステムアナウンスが流れた気がしたけれど。ゲーム脳ですまん。
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