勧誘
翌日、登校した私に気付くとすでに自分の席に座っていた恵美が駆け寄ってきた。
昨日の挙動不審が嘘のように晴れやかな笑顔で、なんだかそわそわしている。何かいいことでもあったのだろうか。
「音子! おはよう!」
「おはよー、どうしたの? 朝からテンション高いね」
思わず首を傾げれば、恵美は照れたように頬を染めてあのね、と内緒話でもするみたいに話してくれた。
昨日、駅で別れた後にまたカフェに戻りバイトをしたいと伝えたところ、その場で採用が決まったのだという。
本来なら面接やら履歴書の提出が必要だと思うのだが、声をかけてきた大学生の……バイトのお兄さんが前から通っている恵美のことを知っており、店長にも話してくれたおかげで簡単な顔合わせ程度の面接と、履歴書は後日提出でよいということになったそうだ。
人手が足りていなかったこともあって、バイト希望は大歓迎だと喜ばれたらしい。
「そっか、おめでとう」
「えへへ、ありがと。音子のおかげだよ」
「特に何もしてないけど……」
感謝されるような覚えがなくて逆に申し訳ないような気持になるが、嬉しそうな恵美を見るとまぁいいかと思えてくる。
私も早いところバイトを探さないと、パソコンを買ってしまったのでお小遣いが心許ない。
そろそろゲームの方も新しい衣装が出る頃なので物によっては課金に手を染めなければならない。こういうとまるで犯罪みたいだけど、自分のバイト代とお小遣いの中でやっているので別に悪いことではない。ないのだけど、ただちょっとたまに我に返ってしまう事もあるので、慎重にならねばと思うわけで……。
自分の席に着けば、すでに登校していた風間君からも「おはよ!」と実にさわやかな笑顔で挨拶された。それに同じく笑顔で返すも、私のはどうにも愛想笑いの感が拭えない。
別に風間君に対して何か思うところがある訳ではなく、光属性に無条件で苦手意識を覚えてしまう悲しい習性をもつゲーマー喪女なので許してほしい。
むしろそんな私にも他の人と変わらず接してくれる彼は本当に人間ができていると思う。尊敬する。眩しすぎて浄化されそうだけど。
「え、山本さんあのカフェでバイトするの?」
「う、うん、昨日思い切ったら採用してもらえて……」
「あそこケーキとかうまいって聞くんだけど、ちょっと入りにくくてさぁ……」
一度行ってみたいんだけどね、と少し恥ずかしそうに頭をかく風間君に、私と恵美は顔を見合わせて首を傾げた。
「え、普通に男子だけのテーブルとかもあったけど?」
「いや、行くとしたら放課後じゃん? 俺、部活終わりって泥だらけだからさ」
「あー……」
「それは確かに……」
確かにあの白い壁と木の柱で統一されたシンプルながらも品の良い空間に、泥だらけで入るのはちょっと躊躇われるだろう。
恵美と二人して同じ想像をしてしまったようで、私たちはなんとも言えない顔で頷くしかできなかった。
ふと、何か気になって廊下側の後方に目を向ける。
登校した友人と談笑したり、一限目の教科書を準備しているクラスメイトがいるだけで何か変わったものはない。自分が一体なにが気になったのかわからず、その理由を探すように視線を巡らせるけど特に変わった様子はなかった。
「音子、どうかした?」
「あ、ううん……、なんでもない」
恵美がきょとんとした顔でこちらを見ているのに気づいて、視線を彼女に戻した。きっと気のせいだったのだろう。
よくわからない感覚よりも、昨日の挙動不審は何だったのかと思うほど普通に接してくる恵美のほうがよほど気になったというのもある。あまりそんな風には見えなかったけど、人見知りしていたのだろうか。
「そういえばさ、サッカー部もマネージャー募集しようかって話あるんだけど、二人ともどう?」
「ぅえっ……?!」
「あ、山本さんはバイトあるし無理だよね」
「あ、う、うん、そうだね……」
風間君の誘いが予想外だったのか、恵美から素っ頓狂な声が上がる。
昨日も聞いた気がするが、彼女は何かに誘われるということに対して過剰に反応し過ぎではなかろうか。昨日の挙動不審が戻ってきているし、ちらちらと私の顔を伺いながら風間君に歯切れ悪く返事をする恵美に首をかしげた。
「花咲さんは――……」
恵美の様子を不思議に思っているのは私だけではないようで、風間君も首をかしげるも触れないほうが良いと判断したのか私に向き直ったが、そのタイミングで予鈴が鳴り始め、担任の福田先生が教室に入ってきたため、風間君に返事をするタイミングを逃してしまったのだった。
「あ、やべ! マネージャー、考えといて!」
そう言い残してそそくさと席に着く風間君。恵美も慌てて自分の席に戻って行って、気付けば火口君を除く全員が着席していた。彼は今日もサボりのようだ。出席日数は大丈夫なのかと他人事ながら心配になってしまう。
出席を取り終えた後、福田先生からは今日の帰りのホームルームで委員会決めを行うことなどが話された。
委員会は特別変わったものがあるわけでもなく、各委員は男女一人ずつが選任される。
部活は何か惹かれるものがあれば入ろうかとは思うが、委員会はできればパスしたいところだ。とはいえ立候補がなければくじ引きで決める、と予め先生から予告もされたため、先に何かしらの委員に立候補してしまうのも手かもしれない。いや、当たらない事を願ってみるのもありだろうか。
ぼんやりと話を聞いている間に朝のホームルームは終わっていて、一限目はそのまま福田先生の担当科目だったこともあって授業が始まった。
黒板の文字をノートに書き写しながら、バイトはどうしようかと頭を悩ませる。
できれば家の近くで、飲食店は避けたい。私は人見知りなので、接客がテンプレで収まらない可能性の高い飲食店はあまり望ましくないのだ。
そんなことを考えている間にも授業は進む。年度の始まりの最初の授業という事もあって、内容は簡単なことばかりであっという間に時間は過ぎていった。
人生二回目ともなればそれなりに要領よく勉強もできるし、覚えていることも多少はある。要するに真面目に受けている振りをしていた。内職はしていないし、ノートもちゃんととっているので真面目と称して良いはずだ。
そんな志の低い言い訳をしている間に四限目の終わりを告げるチャイムが鳴った。
昼休みに入るこのチャイムにクラスの空気がどことなく弛緩したのを感じる。まだ先生が教壇にいるけど、すでに「腹減ったー」とか「どこで食べる?」なんてざわめきが聞こえてくる。先生も呆れ顔で教科書をまとめ始める。
私も空腹を感じ始めていたところなので教科書やノートを閉じた。朝ごはんのついでにお弁当を詰めてきたのでこのまま鞄から出せばすぐにでも食べられるけど、もしかしたら恵美が誘ってくれるかもしれないのでそしたら場所は彼女に任せよう。
「音子ー! ご飯食べよ!」
期待通り、恵美が声をかけてくれたので振り返って了承した。
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