第61話
◇
「ここまで来れば大丈夫だろ。」
降ろしてくれた瞬間、魔法が解けたのか近くにいた子供と仔犬がギョッとしてこちらを見た。
ご、ごめんね。きっと急に人が現れてびっくりしたのね。
「撒かなきゃいけない人たちを撒けたの?」
「ああ。俺についてきていた奴らを撒いた。
俺の親はこの界隈では顔が知れた人間でね。息子の俺にまでボディガードをつけるんだ。俺は1人でも大丈夫なんだけどな。心配性な親なんだ。」
ふぅん。リオの家はやっぱり大きな商会か何かなのね。確かにそんなお金持ちの商家のお坊ちゃんが街中をウロウロしていたら誰かに狙われて攫われるかもしれないわ。
リオは平民としては珍しく難しい魔法を使えるようだけども、貴族たちのように容易く攻撃魔法や防御魔法は使えないだろうし。親だって1人で街中を歩かせるのは心配に決まってる。
(それにしてもついでにテオ兄様が私につけている護衛たちも撒いちゃったみたいなのよね。)
うーん。ま、いっか。今は髪の色だってウイッグで色を変えて目立たない町娘の格好をしているし、誰も私が公爵令嬢だなんて気付く者はいないだろう。
「アリィ!あれ食べようぜ。最近王都であれを食べ歩くのが流行ってるらしい。」
私が兄上の護衛まで撒いちゃったなぁと周りを見渡していると、やけに嬉しそうにリオが話しかけてきた。
リオの指す方向を見ると、美味しそうなクレープ屋さんがある。
そういえばさっきから周囲が甘い匂いで充満している。護衛たちの姿を探していて気づかなかったが、よく周りを見ると、行き交う人やベンチに座る人たちの殆どが手にクレープを持って美味しそうに食べているじゃない。
前世でのクレープは苺やバナナなどを生クリームとともにクレープ生地に挟んだものだったが、この国ではフルーツは希少なのよ。一体何を挟んで食べるのかしら?
ん?屋台の奥で何かキラキラしてる?
よく見るとクレープを焼いている店員の後ろにもう1人店員がいて、手からキラキラした雪の結晶みたいなものを放って何かを冷やしている。
「アリィ。あれは氷魔法を使ってクレープに挟むアイスクリームを作っているんだ。」
私の目線に気づいたリオがキラキラしたものが何なのかを教えてくれる。
2人分買ってくるからここで待っとけよ、とリオが屋台に注文をしに行ってくれた。
............氷魔法か。
氷魔法と聞いて私が1番に思い出してしまったのはレオンハルト様だった。
実は、王宮図書館から帰ってから、ガーラント公爵家に何回か王宮からの使者が来ていたのよね。
あの日殿下と変な別れ方をしてしまったから、心配した殿下が使者を送って様子を聞きにきたのだろう。でもなんだかお会いする気力がなくて、わざわざ出向いてくださる使者には悪いけど、私は体調不良とテオ兄様に言って会うことをお断りさせていただいたの。
だけど、明日は王太子妃教育のため王宮に行くと決められた日。
一体どんな顔で殿下にお会いしたら良いのやら。
はぁとため息をつく。
顔をあげると店員からクレープを2つ受け取って代金を払ってくれているリオが見えた。
私が本当に平民だったら友人や恋人とこんなふうに毎日街中を楽しそうに過ごしているのだろうか。
ーーー私が平民だったら。
リオと話していた店員がなぜかこっちを見てニコリと笑った。そしてクレープに何かをのせたようだ。
その瞬間リオが笑った。
ありがとう、みたいな言葉を店員に言ったようだ。
「............。」
ただリオが笑っただけなのに、それだけなのに、なぜか私の目はリオに釘付けになってしまっていた。
リオの笑顔を見ただけで、私の体はまるで柔らかい網に囚われたみたいに動けなくなったのだ。
これじゃあ、まるで......。
「いいわよ。ハリを刺しなさいよ。
......婚約者がいながら、他の人にドギマギするなんて、自分でもダメなことだと思うわ。」
仁王立ちする私の目の前の地面には、ぴょこんと首をひねる(いや、首あるの?あなた?)ハリネズミが現れていた。
「良心の呵責?そんな理由であなたがチクチクと刺すお約束のとこでしょ?さぁ、お刺しなさい。」
しかし、ハリネズミは左右交互に首を傾げるばかりで一向にハリをさしてこない。
「なぜ刺さないの?」
今度は私が首を傾げる番だ。
ハリネズミはずっと首を傾げてばかり。
「どうしたの?おいで。」
おいで、と言ったところで私の思い込みで現れているハリネズミを触ることなどできないのだろうが。
ちょこん。
「............なに、触れるの?あなた?」
普通に私の手のひらに乗ってきたハリネズミにびっくりする。
えっ。なにこれ。可愛いんだけど!!
胸近くに持ってきても、その子は丸まらず刺すこともなく、ふわふわのお腹を見せたまま私の手のひらの上で二本足で立ち上がって私を見ている。
「アリィ、お待たせ。」
その時、頭上からリオの声が聞こえた。
ハリネズミは、リオを見て首を傾げ、さらにまた私を見て首を傾げると私の手から一瞬で姿を消してしまったのだった。
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