第60話
「...盛り上がってるとこ悪いけど。」
「「ひっ!?」」
いきなり、ぬっと私たちの間に出てきた黒髪の少年に2人とも悲鳴を上げてしまった。
「フェ、フェル!?」
「フェルさん!?いつからそこに!?」
「...最初からいたけど。」
無表情のまま、リオのほうに顔を向けるフェル。
「...今日は家で仕事のミーティングの日ってあんたの兄が言ってたよね?」
「ぐ...。わかっている。」
「だったら早く家に帰りなよ。急に家を飛び出したあんたを部下達が血眼で探してるよ。」
どうやらリオは忙しい中、街に出てきていたらしい。その途中に私を見つけたのだろう。
心配してくれるのは嬉しいけど、ご実家の仕事の予定が入っているならそちらを優先してもらわなきゃだわ。
「そ、そうなの?リオ、家のお仕事が忙しいなら帰らなくてはいけないわ。私なら大丈......」
「わかっている。が、俺は何を今優先すべきかもわかっている。もう間違えたくないんだ。」
え......?
リオの放った言葉の意味が分からず一瞬動きを止めた私の右手をぐいとリオが引っ張った。
意味のわからない私とは対称的にフェルはふぅーん?と目を細めた。
「行くぞ、アリィ!!」
「えっ?えっ?お仕事は??」
「あとでなんとかする!まずはおまえだろ!アリィ!」
困惑する私を引っ張りながらリオが猛ダッシュで走り出した。
「...オレをまけるとでも思ってるの?」
リオの走る方向とは逆に後ろを振り向くと青藍色の瞳があきれたようにこちらを見ていた。
前を走るリオが振り向かずに笑う。
「はは!まけるとは思ってないけど、俺の親友は俺をいまは捕まえれないって信じているよ!」
「...勝手なことを言うね。
...オレは優秀だから夕方にはたぶんあんたを捕まえてあんたの兄に引き渡してるよ。」
「ぷっ。恩に着るよ、フェル!」
捕まえるというわりに微動だにしないフェルに私が首を傾げると、急に体がふわっと浮いた。
「ちょっ!?リオ!?」
「このほうが速く走れる。」
は、はや、はやくって...!?
これは所謂お姫様抱っことか言われるやつなのでは...!?
ぎゃあああああ。
「で、でもフェルさん追ってこないよ!?お、降ろしてえぇぇ!?」
幼馴染とは言え、この格好ははずかしすぎるわよー!
「フェルは夕方まで俺たちを見逃してくれるってことさ。だけど、他にも撒かなきゃいけないやつらがいるからな。ちょっと我慢しろ。」
そう言ってリオはさらに走るスピードをあげた。
不思議だ。
リオの周りの街路樹や建物がまるでリオの邪魔にならないよう避けているかのように見える。
しかもリオの走るスピードは尋常じゃない。
風魔法?
魔法でスピード強化されてる?
そして、人ひとり抱えながら街中をこんなに速く走っている人がいたら絶対に目立ちそうなのに、誰もこちらを気にしない。
まるで私たちが見えていないかのようだ。
「認識阻害の魔法だよ。」
リオがくすっと笑った。
「リオは魔法が使えるの?」
しかもそんな高度な魔法を?
「きゃあ!?」
幼い頃から知っているはずの彼がそんな難しい魔法を簡単に使うのを見た私は驚いて唖然としてしまい、思わずしがみついていた手を離してバランスを崩してしまった。
すかさずリオが、抱え込む力を強くして私が落っこちそうになるのを防いでくれる。
「あっぶな...、ちゃんと掴まっていろよ。」
顔を上げると、緑玉色の瞳が私を優し気に覗き込んでいた。
「......っ!!」
かああああっと自分の顔に熱が集まったのがわかった。
なんだろう。これは。
私はなんでリオの顔が近づいただけで、こんなに顔を赤くしているんだろう......。
彼はただの幼馴染なのに。