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王子と私の婚約破棄戦争  作者: 翡翠 律
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剣を握るその意味を21

◇◇


 ガーラント公爵邸が魔獣に襲撃されてから1週間が経った。

 魔術師たちや途中駆けつけたガーラント公爵本人が公爵邸や周囲の屋敷に結界を張ったため南地区貴族街の被害は最小限ですんだ。しかし、最愛の妹であるアリシア嬢がいる公爵邸を襲われたテオドール殿の怒りは凄まじく、王都外南側の草原は焦土と化してしまった。現在、王都中から集められた植木屋、花屋、植物研究家たちが焦土の復旧作業をしている。



「あらシャル!今日は非番?どこかに行くの?」


 騎士寮の扉を開けて外へと出た途端、ユナリアの快活な声が端からかかった。


「あぁ、今日は休みなんだ。一度家に帰ってから友人の家を訪ねにいこうと思っているよ。」


 そう答えるとユナリアがふふっと笑う。


「何?」


「ううん。なんだかシャルが上機嫌で私まで嬉しくなっただけ。いってらっしゃい。」


「?ありがとう?いってくるよ。」



 そんなに感情が顔にでていたのだろうか?

 自分の頬ににぴたりと片手を当てた時、それまで私の頭上に降り注いでいた太陽光を何かが遮った。


「シャル姉貴〜!!」


 騎士団の敷地内に響き渡りそうな大きな声に空を見上げると、自分の周りがさっと陰ったと同時にバサリバサリと大きな羽音がする。


 先程私を呼んだ声が私の頭上から再び降り注いだ。


「姉貴〜!!」


 キラキラと輝く海のような青い目を輝かせて頭上から私を呼ぶのは水竜カームだ。


「ちょっ!カーム君!あなたは飛ぶのが苦手な水竜なのだから、飛ぶことに集中してくださいっ!わっ!わっ!ちょっと!お、落ちてしまうじゃないですかあぁぁっ!」


 カームの背からひょいと顔を出して慌てているのはあの日宝物庫にいた事務員。


「あっ、ごめんな。そうそうアンタを乗せてたんだった。」


「忘れないでくださいぃっっ!!」


 事務員が半泣きになって叫んでいる様に私は小さく笑って、カームに手を振った。


「カーム、今から海に行くのか?気をつけてな」


「うん!母ちゃん達が待ってるからオイラもう行くねー!」


「フラナン殿失礼いたしますうぅぅ...!!」


 バサリバサリと海の方向へ飛んでいく水色の竜の後ろ姿がだんだんと小さくなっていく。


 今までカームは、宝物庫の異空間を彼の魔力で支える役目をしていた。それゆえにその場から離れることができず、空間の歪みから滴り落ちるわずかな海水を体内に取り込み、それをエネルギーとして生き宝物庫を維持していた。

 しかしそれは彼の体が小さかったから出来たこと。

 本来の姿に戻った彼はそんな僅かな海水では生命を維持することができない。

 だが、海水を求めて宝物庫から一歩外に出れば、彼の力を失い宝物庫の異空間が騎士団の武器や防具を中に閉じこめたまま崩壊してしまうだろう。


 どうしたものかと騎士団の幹部が頭を抱えていたとろ、魔法庁から数日に一度なら高位魔術師達がカームに代わり異空間の維持をしようと申し出てくれた。もちろんタダではない。その代わりに彼らは古代竜であるカームの記憶を記録したいらしいのだ。

 小耳に挟んだ情報によると第一王子と国史学研究所の所長が魔法庁にかけあったらしい。


 いろいろ裏があるんだろうが、まぁ、上層部の考えていることは私には関係ない話だ。私はカームが無事に過ごせればそれで良い。



 フラナン伯爵邸に戻り、急いで着替えを済ませると馬車に乗り目的の屋敷へと向かう。


 いつもよりボリュームのある衣装に車内が狭く感じるし、騎士服のように動きやすくはないが、送り主の気持ちを考えるとただただ嬉しくて次に会う時は必ず着て行こうと思っていた1着だ。

 ガタゴトと走っていた馬車が止まり、御者が扉を開けた。

 普段は1人で降りるところだが、なにぶん今の格好では馬車の段差を降りにくく御者に手を貸してもらう。


「シャルロッテ......!?」


 すっとヒールのつま先が石畳みに着いた途端、聴き慣れた声が私の耳に入ってきた。

 声の方に視線をやると、驚愕に見開かれた青い双眸がこちらを凝視している。


「これはこれは、ハインリヒ・フォン・ブリスタス公爵令息。ご機嫌麗しゅう。」


 戯けてふわりと裾を持ち上げ、そのへんにいる貴族令嬢のようにカーテシーをする。

 そう、いま私は裾を持ち上げることができる衣装を着ているのだ。


「そ、そのドレスは......?」


 顔を青くしたり赤くしたりさせている目の前の美丈夫に、私はふふんと鼻を鳴らして答えた。


「良いドレスだろう?私の大切な人が贈ってくれたのだ。

 しかし、なぜハインリヒがガーラント侯爵邸(ここ)にいるんだ?...って、おい、ハインリヒ?どうした?」


 さっきまで驚愕に見開かれていた瞳が、今度はなぜか生気を失ったかのように光を無くした。

 一体何だって言うんだ、この男は?


「た、たいせ、つな......?まさか、そのドレスと同じエメラルド色の瞳の主にドレスを送られてたとでも...?まさか、まさか...まさか......」


「ハインツ...。フラナン伯爵令嬢にそのドレスを贈ったのは僕ではないぞ。うちの玄関前で、そんな人生の終わりのような顔はやめてくれないか?縁起でもない。」


 うんざりした顔でエントランスにでてきたのは、陽の光に輝く金の髪の男、テオドール・フォン・ガーラント公爵令息だ。


「フラナン伯爵令嬢、ハインツは僕とアリィの従兄弟だからね。わりと頻繁に屋敷に来ているよ。

 それから、ハインツ。そのドレスは僕の最愛のアリィが友人であるフラナン伯爵令嬢に贈ったものだ。先日の礼がしたいと言ってな。

 ガーラント家からフラナン家にじゅうぶんな礼は施しているのだが、アリィがどうしてもと言ってきかなかったんだ。はぁ。恩義に厚いアリィは本当に天使のような心の持ち主だ。いや、女神とでもいうべきか...

...!!いやいや、女神より高貴な存在かもしれないな...」


「最後の方のシスコン具合は聞かなかったことにして、お招きいただきありがとうございます。ガーラント公爵令息様。

 あの日仰られた通りに先日届いた認め書を持って訪問させていただきましたよ?」


 ぴらりと手に持っていた紙をガーラント公爵令息に見せ私はニヤリと笑う。


「認め書とは何だ?」


 なぜか顔色が戻ったハインリヒが私の手元を見て首をかしげた。


「アリィの友人として認めるという証明書だよ。僕が発行している。アリィに変な虫がつかないように僕が友人を選別しているんだ。っておい、なんだよ、ハインツ、その目は!?」


「テオ、お前なぁ...。はぁ、アリィも大変だな...。」


「同感だ。さて、私は早速この認め書を行使させていただこう。彼女が待っているから失礼させていただきますよ。」


 テオドール殿のあまりの過保護さにドン引きしているハインリヒと、その態度に憤慨しているテオドール殿に一礼をして、待機していた彼女付きの侍女に案内してもらいエントランスから彼女の部屋に向かう。



 ガーラント公爵邸が魔獣に襲われたあの日、本来なら中止になるはずだった騎士団入団の祝会パーティーは、ガーラント公爵のたっての希望で予定通り王宮にて開かれた。


 公爵とテオドール殿は事後処理のために欠席したが、王太子妃の候補であるガーラント公爵令嬢は出席することになった。

 しかし、やはりあんな事件があったあと、美しい金髪とともにいつもならキラキラと輝いているだろうそのエメラルドの瞳は物憂げにパーティー会場の床を見つめ節目がちになっていた。

 そんな彼女の様子を見て私は思い切ってダンスに誘ってみたのだ。

 パーティーは騎士服の礼装での参加であったし、ダンスは兄上達を真似て幼い頃から男性パートも練習していたから踊れる。いや、むしろ女性パートより得意かもしれない。


 幼いころに一度だけ、ハインリヒの家の庭園であった私を彼女は覚えているだろうか?


 そんな緊張と不安を打ち消してくれたのは私を見た時の彼女の懐かしさを含ませたような微笑みだった。

 彼女はあの日の出会いのことを今も覚えていてくれていたのだ。




 侍女に連れられ彼女の部屋の扉の前につく。

「アリシアお嬢様。フラナン伯爵令嬢様がお越しになられました。」


「わかったわ。扉を開けて。」


「どうぞお入りくださいませ。」

 扉近くにいた警備兵らしき男が扉をそのごつい手でそっと開けた。



 両開きの扉が開かれると、部屋の奥で金髪の天使が微笑んで私を迎えてくれていた。


 その笑顔を見て、私はキュッと心が締め付けられるような気持ちになった。



 あの時......魔炎を凍らせる前にレオンハルト殿下が呟いたあの言葉。風使いの私にだけ聞こえた小さな呟きのあの言葉は......。



ーーー『アリシア。私はもうニ度と(・・・・・)君を失わないと決めているんだよ。』



 殿下のその言葉がこれから起こる不穏な何かを意味しているかのようで......。



 私は部屋に入る前に空間から騎士剣を出し、片膝をついて騎士剣を眼前に掲げた。


 爆風を呼ぶ私の騎士剣はいま、王室から魔獣退治に貢献した褒美としていただいた魔力過多や状態異常を抑え込む鞘にしまわれている。


 掲げた剣を上位の者が受け取り、その剣を下位の者の肩にあてれば主従の誓いを結ぶことになるのだ。


 アリシア公爵令嬢は、私のとった行動に驚き目を見開いたが、目を伏せ首を軽く左右にふって小さく笑うと私から剣を受けとって床に大事そうにおいた。

 そして、私の右手をとると立ち上がるよう私を促した。



「立って。友達になるときはこんなことはしないわ。

こうするのよ。」



 そう言って、彼女は満面の笑顔で私の右手を彼女の右手で握り、嬉しそうにその手を上下に振ったのだった。





      ーー 剣を握るその意味を〈完〉ーー

 

〜あとがき〜


 なんとか年内にシャルロッテ番外編を書き上げることができましたσ(^_^;)。

 次は本編に戻ります。

 新作の『某織物師は未来を織り成す』も1話で止まってますね...。来年はもう少し執筆時間が取れたらいいなぁ。『Another Elements』も完結させねば

......。頑張ります(^^)。

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