剣を握るその意味を20
20話で終わりたかったのですが、21話完結となりましたσ(^_^;)。次回がシャルロッテ番外編の最終話となります。
殿下の魔力で凍りついていく庭園やガーラント邸を見ているとふいに横から暴風が吹いて私の手から剣を奪った。
カランカランと音を立てて、凍りついた石畳みに剣が転がる。
「シャル!!」
「レイノルド兄上......?」
剣を手放したせいか、はっきりと意識が覚醒した。そして真っ先に視線が捉えたのは自分によく似た白金の髪の青年、レイノルドだった。
先程、私から剣を奪った暴風は彼の魔法だったのであろう。
「......ちゃんは」
「は?」
「お兄ちゃんはおまえをこんなお下品な笑い方をする妹に育てたおぼえはありませんよっ!?」
「げ、下品...?お、お兄ちゃんて?そもそも私は兄上に育てられてなど......うっ!?」
急に視界に現れたレイノルド兄上に彼の剣の鞘で、すぱこーーんっと頭を叩かれ、目をシロクロさせていると、レイノルド兄上は石畳に転がっていた私の剣を苦々しそうな目で睨んだ。
「意識混濁、狂思想からの戦闘能力上昇、さらには剣に遺った他者の魔力の強制付加か......我が妹はやっかいな剣に惚れ込まれたようだ。」
そう言い放つと近くの魔術師達に何やら指示をしだした。漏れ聞こえる会話内容から推察すると、どうやら私が選んだ騎士剣に魔力•状態異常を抑え込める鞘を作れという話だ。魔術師たちはそそくさと魔力防御を施された白い聖布に剣を包むと兄上と私に一礼をして魔法庁のある方角へと立ち去っていった。
「さあ、帰るぞ。」
私の首根っこを掴みそのまま引きずって行こうとするレイノルド兄上を慌てて制止する。
「兄上!まだ終わっていない!殿下の氷は完全に魔炎を封じ込めてくださっているが、消え去ってはいないぞ!」
私の言うように、レオンハルト殿下の氷魔法でセイレーンに頼み風で巻き上げた海水が凍りついた中にはいまだチロチロと小さな火種が燻っているのが見えた。
いまは氷で封じ込めているが、魔法を解除すれば再び燃え上がるだろう。
「魔炎は炎を吐き出した本体である魔獣が消滅すればともに消える。」
「だったらなおさら!王都の外で戦っているクラウド兄さん達の援護をしに...」
「その必要はない。もうすぐアイツが......じゃなくてあの方がガーラント公爵とともにここに来られるからな。」
「あの方?」
ちらと公爵邸を見ると、レオンハルト殿下が氷で作り上げた階段をのぼった青い隊服を着た者達がガーラント家の使用人たちをバルコニーから救助している様が見えた。
公爵令嬢であるはずのアリシア嬢は最後までバルコニーに残って使用人たちの手を引き隊員たちに引き渡そうとしている。
次々と救助され、最後の使用人であるダークブラウンのひっつめ髪の女性を先に救助させようとしていたアリシア嬢にその使用人が何やら食ってかかっている。耳を澄まして風にのった会話を拾うと、どうやら彼女は先に自分の主人であるアリシア嬢を救助させたいらしくなかなか譲らないようだ。
しかし、アリシア嬢のほうが一枚上手だったようで、「主人である私からの命令です。」と言い放ち、喚く使用人の両肩をドンと押し隊員が手を伸ばす柵の向こうへと追いやった。
あとはアリシア嬢をバルコニーのアイアン柵から引っ張り下ろすのみとなった時、煙を吸い込み続けたせいからかアリシア嬢はがくりと力が抜け意識を失いのりあげていた柵から体勢を崩して落下しそうになった。
危ない!
私は目を見張った。
風魔法を無詠唱でブーツにかけ、公爵邸のバルコニーへと走り出すが、ここからでは間に合わない!
しかし、アリシアは柵から落ちることはなかった。
ふわりと彼女の身体を慈しむように受け止めた両腕があったからだ。
一瞬意識が戻ったアリシア嬢が彼女を受け止めた腕の持ち主を見上げ、その人物に薄く微笑んだ。
ーーーーーレオンハルト様
声にならない呟きを残して彼女は再び意識を失った。
使用人のために頑張り抜いた彼女を愛しそうにさも大事な宝物であるかのように優しく抱え込む婚約者となる予定の彼の腕の中で。
どういうことだ?
幼い頃出会った彼女は決められた運命から逃げてしまいたいような、そんな印象を受けた。
再会して、彼女がガーラント公爵令嬢だと知ったとき、あれはレオンハルト殿下や他の王子たちとの決められた婚約から逃げたいという意思表示だったのでは、と思うようになっていた。
しかし、今見た彼女の微笑みは殿下たちとの婚約を、いや、はっきりと言おう、王太子の最有力候補であるレオンハルト様を嫌がっているようには見えなかった。
「シャル。俺が言う“あの方”とは殿下ではないぞ。」
金と銀の美しい2人の姿につい見惚れていると、レイノルド兄上が再び私を引きずりガーラント邸に背を向けて早足で進み出す。
「ちょ、兄上!レイノルド!何をそんなに焦っているんだ!?」
焦っているのは兄上だけではないようで、周りの騎士や魔術師たちも救助した使用人を抱えてこの場からそそくさと立ち去ろうとしている。
空を見るとレオンハルト殿下がアリシア嬢を抱き抱えたまま王宮へと飛び去って行った。
「殿下まで!?何故みんな!?」
「危険が近づいているからだ。さすがに自邸を巻き込むことはないと思うが、数年はあたり一体草木の生えない有様になる覚悟はいるかもしれん。」
「兄上?何を言って......」
そこまで言葉を発した時、ぞわりと背筋に寒気が走った。
空気が震撼している?
感じたことのない未知の感覚に恐る恐るその原因となっている方向を見ると、公爵邸と周りの邸宅にあらゆる結界を張っている金髪の紳士と、文官の制服を纏った同じく金髪の青年が佇んでいた。
2人から感じるこの異様なドス黒いオーラは一体何なのだろう?
とくに文官服の青年の恐ろしいほどの怒気に私の口元が引き攣ってしまう。
「私の最愛の妹アリシアを狙うなんて百万年早いと身をもって思い知るといい。」
(黒い)笑顔でそう言うと、金髪の青年は手をかざした。その手から閃光が放たれる。
王都の外で魔獣たちの劈くような悲鳴があがったがその悲鳴すら一瞬で消え失せた。
そう、この場所から見えていた巨大な魔獣たちや空を舞っていた有翼魔獣が、彼の放った聖魔法の光で一瞬で塵となったのだ。
本体が消えたために氷漬けになっていた魔炎も消失する。
「すっげぇ、あれがガーラント公爵令息テオドール様の聖魔法、妹愛炸裂聖光かぁ......。」
私の近くで足早に退散していた騎士達や魔術師たちの誰かがそうぽつりと呟いた。
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