剣を握るその意味を18
宝物庫に静寂が広がる。
「なぁ、やっぱり無理なんじゃないか?ソイツひからない。」
私と剣の沈黙に耐え切れず、背後でカームが口を開く。
「そうみたいだな。」
じっと剣を見つめながらカームに答えた。
「じゃあ、違う剣に...」
「いつまで」
「へ?」
「いつまでそうしている気だ!?」
握っているグリップに力を込める。
「どうせ自分が外界にでたら、また誰かを犠牲にしてしまうとか思ってるんだろっ!?
誰かを傷つけるかもって!
何かを失うかもって!
それでウジウジこんなとこにとどまって、自分を抑えて、自分のやりたいこともはなから無理だって諦めて!!」
「お、おい?」
「そっくりだよ、昔の私に!!
来いよ!!
とどまるな!!
恐れるなっ!!
前へ進め!!
自分が動かないと何も変わらないんだ!!
私だって!!私だって、女だからと諦めていたなら今の私はいなかった!!
君が嫌がっても、私は無理矢理にでも君を宝物庫から連れ出してやる!!
私とともに来いっ!!」
さらにぐっと力を込めて剣を自分へと引き寄せた。
その瞬間、
キィッンッ
小さな音を立てて金具が外れた。
「あっ!はずれたっ!すごいなアンタ!オイラその剣が外れたところ初めて見たぞ!
あれ?でも、やっぱり光ってないぞ?」
「あ......。」
無理にでもはずそうとは思っていたが、まさか剣の意思で金具がはずれるとは思わなかったので、グリップを握ったまま一瞬思考が止まってしまっていた。
ふつふつと腹の中で何かの感情が湧き上がり、自然と口元に微笑がうかぶ。
「そうか。私と来るか。」
そう言った途端、強烈に眩しい光が剣から放たれた。
同時に過去の剣の持ち主たちの様々な想い、残像、そして彼らが剣にこめた魔力の残留片が私の中に流れ込んでくる。
......なんだこれはっ。
強力な魔力剣ゆえにその歴代の持ち主が受け持った試練も凡人が耐えれるようなものではなかったのだろう。超越した存在ゆえに戦った人間も魔獣も人外のような謎の生命体も、あらゆるものを切らずにはいられなかった。
時には残酷にもその持ち主の最愛の相手まで。
悲しみ、痛み、恐怖、後悔。
「こんな様々な想いを君は受け止めていたのかっ...くっ。それにこの魔力量はっ。」
恐ろしい量の過去の持ち主の残留魔力が、剣に触れた部分から自身の体内にすごい勢いで流れ込んできた。
「大丈夫か?アンタ、顔が真っ青だぞ?」
カームが心配するほどに私の額からは汗がほとばしり、震えの限界を超えたかのように全身が冷やりとした感覚で覆われていた。
「かまわない。制御してみせる!」
ぐっと意識を集中させ、剣からの残留思念や魔力を抑え込むと、剣から爆風があがる。そして今度は何故か腹の奥底から湧き上がるような高揚感に包まれた。
剣が喜んでいる?
『は、ははは、はははははは........!!』
「なに笑ってんだ?」
ギョッとしたカームがドシンと一歩後退した。
『そうか、嬉しいのかっ?あぁ、私も嬉しいよ!ともに戦おうじゃないか!この世の全てを塵と化し、素晴らしい世にしようじゃないかあぁっ!!』
「全部塵にしちゃったらアンタのトモダチまで塵になっちゃわないのか?」
なにやらカームにツッコミを入れられているようだが、私の意識と体と言葉はバラバラになったかのようで返事を返すことができない。
「ちょっ!これはどういう状況ですかああぁぁ!?フラナン殿!?」
「あっ。さっき腰抜かしたオッさんだ。」
「オッさ.....!?私はまだ28ですうぅっ!!
それより何があったんですかあっ!?なんでフラナン伯爵令嬢の目が完全にイってしまってるんですかあぁぁっ!?」
先程、突如実体化し巨大化した水竜カームに驚いて腰を抜かしていたはずの事務員が床を這うように近づいてきた。
周りで怒っていることはなんとなく把握できるのに自分の意思が高揚のあまりコントロールできない。
「剣を手に入れたらこうなったんだぞ?
オイラにはなぜかわかんねぇ。
ま、いっか。とりあえずその大事な友人とやらを助けに行こ。オイラもついてく!久しぶりにここから出れるなんてワクワクするぞっ。」
「ダメです!ダメです!ダメですうぅぅぅ!!」
事務員が慌てたようにカームのまえで彼を止めるように両手を交差しながら振る。
「あなた、もしかしなくても、宝物庫の番人でしょうっ!?その番人がまさか古代水竜だとは知りませんでしたがっ。あなたがっ、番人がここから居なくなればこの武器たちを保管している異空間は崩壊してしまいますうぅっ!!
ここは番人の魔力で成り立っている空間だと王宮内で言い伝えられているんですようっ......!!」
「ええ〜。オイラ出たいよ?」
「そこをなんとか!我慢してくださいぃっ!」
「ここはアンタやそいつには大事な場所なのか?」
私に問いかけるカームに「すべての国民の安全の要だ。」と答えようとするが、私の口はなぜか違う言葉を紡ぎ出す。
『くっ、あっはっはっは......!!この全ての刃たちによって世から消え去る者達の断末魔の叫びを私は聞いてみたいっ!!』
「そっか。そのためにもこの場所と武器がなくなっちゃったら困るよな。
うん、オイラ今はここにいてやる。」
「な、なにかが違うのですがっ......、とりあえず居ていただけるなら良かったですっ。」
「じゃあ、オイラの術でアンタの友人の場所まで送ってやるよ。人間の足で行くより早いだろ?方角はどっちだ?」
爆風の中であやふやになっている自分の思考を掴み取ってなんとか口に出す。
『南だ。』
オオオオオオオオォ......。
地の底から響くようなカームの雄叫びに、空間の壁から吹き出した水が剣の渦巻く爆風の外側をとりまき私を風ごと宙に浮かせると、さっきカームが突き破った扉をかいくぐりあっという間に外に突き出された。
そしてそのまま水圧で空に放り出されると、今度は海の方角から大量の海水が空を昇り風に囲まれた私を水圧で南へと追いやっていく。
同時に海の方角から綺麗な女性の歌声が聞こえた。
「海の水はかーちゃん達だ!!オイラを助けてくれたお礼にアンタに一度だけ力を貸してくれるって!!」
はるか遠くになった後方の宝物庫から聞こえるカームの嬉しそうな声が王都の空に響いた。
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