剣を握るその意味を16
◇
ダンッ!
「やはり魔法陣を編み出さないと開かないか。」
素手で叩いた宝物庫の石の扉からはミシリと嫌な音が響いて小さな石の粉がパラパラと落ちてくる。
「あ、当たり前ですよっ、フラナン殿。選剣の儀は終わり魔術師ももう帰宅済みですし、諦めて明日の予備日をお待ちくださいぃっ。体調不良で休んでいた者達も数人おりますし、明日またこの場所に......」
ガンっ!!!
「ひいっ!?」
「学生用の剣はもろいな。」
素手で押しても開かないならと、剣で隙間に空間を開けられないかと殴り切ろうとしたが、逆に刃が溢れてしまった。
「お、おやめくださいぃぃっ!この扉が硬いのは当たり前です!古代魔法がかかっているんですうっ!!この武器庫の建物は歴史的財産でもあるんですよおぉ!?建物に傷がついたら上司になんて言われるかあぁぁぁっ!!」
ガンガンと剣を打ち付ける私の足に、涙目になった事務員がすがってくる。
なるほど......古代魔法ね。
......ん?
カツンと靴音が響いて私達の背後に何者かが立ったのがわかった。
「騒がしいわね。何をしている?」
「ああっ!!ハードルク騎士団長っ!!どうかフラナン伯爵令嬢を止めてくださいぃぃぃっ!!」
ウェーブのかかった長い黒髪をかき上げながら彼女は興味深そうに首を傾け赤いルージュの塗られた広角を上げた。紅く細い三日月のように形を変えた口元に続いて、濡れたように艶やかな長い睫毛に縁取られた目元も細まっていく。
「ふぅん?フラナン家の第5子か。」
「............はい。」
ーーー近くに来るまで気配を感じなかった。
音もなく近づいてきた第五騎士団の新団長に未知の恐怖を感じたのか私の頭の中で警告音のようなものが鳴り響く。
「この場所は選剣の儀以外での一般騎士団員の立ち入りは禁止している。そしてこの場所の警備は第五騎士団の管轄。いくらフラナン騎士団長の娘であったとしても規則は守らなくてはならないわ。見逃すことはできないの。わかる?仔猫ちゃん?」
カツカツとブーツの音をわざとらしく響かせて歩み寄ってくるハードルク騎士団長にさっきの事務員が私の隣で女神をみるかのように両手を合わせて「助かった!」と涙を流している。
私を止められる立場の者が現れてホッとしているのだろう。だが、私は規則を破った罰を今すぐ受ける気はない。そんな時間などないのだ。
「あなたが......」
「ん?」
彼女から目を逸らさずまっすぐ見つめ口を開いた私にハードルク騎士団長が眉をあげ訝しげな顔をする。
「あなたが今日の入団式で私達にした質問。『おまえ達は、何の為に剣を握る?』。
......私は、騎士は国や王族、国民を守るために剣を握るのだと思っていました。」
ほう?とハードルクが立ち止まり両腕を組み自身の顎にその白く繊細な指をあてた。
「それがおまえが剣を握る答えか?」
ニヤリと笑う赤い唇。
「違います。いや、違ったんです。」
フラッシュバックするガーラント邸の炎に自分の眉間の皺がよるのがわかった。
「そんな...そんな生易しいものじゃなかった!
目の前で大事な人を失ってしまうかもしれない恐怖の前には国も王族も国民もどうでもよかった!
ただ......!!ただ、目の前の大事なものを守るためだけに!!私達はっ......ただ目の前の恐怖を断ち切るためだけに剣を...剣を握るんです。」
「ちょっ!フラナン殿っ!?なんてことをっ!?」
不敬にあたる発言に事務員が真っ青になって慌てふためいている。
しかし、ローゼ・フォン・ハードルクはニヤリと笑ったまま口角をおろさない。
「ふむ。なかなかの答えだな。いいわ。その恐怖とやらを断ち切るために剣が欲しいならこの中に入りなさい。ただし、この扉を開けることができるなら、ね。」
くるりと背を向け立ち去ろうとするハードルク騎士団長に「ま、待ってください!ハードルク様!」と事務員が引き止めようと追いかけて外へと出て行った。
2人がいなくなり、しん、と静まり返った宝物庫のホールには自分の息づかいだけが小さく響いている。
いや、ちょっと待て。
私は耳を澄ませた。
ピチョン、ピチョン......
扉の奥からかすかにだが水の音がするではないか。
私は改めて武器のある空間へと続く石でできた小さな扉を眺めた。
さっき、事務員はこの扉に『古代魔法』がかかっていると言っていた。封印の古代魔法が扉にかけられているのは恐らくこの扉の向こうに異空間が直結しているからだ。つまり魔術師が編み出す魔法陣で扉を使い異空間に飛ぶのではなく、常に異空間につながっている扉の鍵を魔法陣によって解除していたのだろう。
ということは、この扉の向こうには『アイツ』がいるということだ。
ダンッと再び扉をたたく。
「おいっ!聞こえるか!?」
耳を澄ますが中からの返事はない。
「おいっ!聞こえてるんだろう?トカゲのような奴!」
ダダンとさらに扉を叩けば中からムッとしたような、でも少しびくついてオドオドとしているような、そんな声が返ってきた。
「オ、オイラはトカゲじゃないってばっ!!」
「良かった。聞こえるんだな?」
「......おまえ、さっきオイラが見えた人間?」
「そうだ。」
そう答えると安堵したように身じろぎする微かな気配がした。
「本来なら明日また選剣の儀をやり直すはずだったが予定が変わった。あの剣をすぐにでも手に入れたいんだ。頼む。中からこの扉をあけてくれ。」
「開けてやりたいのは山々だけど。オイラには無理だよ。だってオイラ、開け方も忘れちゃったんだ。」
しょぼくれた声が扉の向こうから聞こえた。
なるほど、という事はトカゲのようなコイツの名前がわかれば、こいつは自分が何者かを思い出し、扉の開け方もわかるかもしれないのか。
ーーー宝物庫は建国時に作られた、魔術師達はそう言っていた。
その場所を大罪を犯した罰として守り続ける海水に住むトカゲのようなコイツ。
(大罪.....。建国時にそんな罪を犯した者は誰だ?)
眉を寄せて扉をみると薄らだが何か描いてあるのが見える。
ちょうどそのときハードルク騎士団長とともにホールから出て行った事務員が帰ってきた。
「ああああ......。ハードルク様が行ってしまわれた...。わたし1人でどうやって彼女を止めればいいのでしょうか...。」
項垂れながらぶつぶつと呟いて歩いてくる男に声をかけた。
「おい、事務員!」
「ひっ!な、なんでしょうかあぁっ!?」
「光魔法でこの扉を照らせ!王宮付き事務職員なら皆使えるはずだろ?」
「は、はいいいぃぃぃっ!!」
何故か汗だくてビビっている事務員に光魔法を唱えさせると、古くなって塗料がはげかかっている扉の絵がぼんやりとだが先程よりは鮮明に見ることができた。
「建国史にでてくる海の神と陸の神の戦いの絵か。この構図の絵なら教科書でも見たことがあるぞ。」
確か、左に海の神、向き合って右に陸の神。
そして、彼等の上部で雄叫びをあげている竜が......
「まさか、アイツの言う大罪っていうのは......。」
「フラナン殿?」
たどり着いた答えにはっとする私を不思議そうな顔で事務員が首を傾げた。
私は扉に手を当てなかのアイツに問うた。
「おい、おまえ、大きな罪を犯した理由はなんだ?それも覚えていないのか?」
「だ、誰に話しかけているのですか?フラナン殿?」
「何でおっきな悪いことしたのかはわからないぞ。でもオイラ、オイラは大事なやつらに仲良くしてもらいたかったんだ。」
「それは誰に?」
「思い出せないぞ。」
「そうか。だが、わかったよ。トカゲみたいなおまえが何者か。」
「えっ!?」
ーーー海の神と陸の神の戦いで罪を犯し、封印されたと言い伝えられている伝説の水竜。
「おまえの名は、
水竜『カーム•オーシャン』だ。」
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