剣を握るその意味を13
「シャルロッテ・フラナン、こちらへ。」
「はい。」
名を呼ばれて宝物庫の扉へと近づく、屈強な体をした2人の扉番が両扉を開いてくれて、私は中へと歩みを進めた。私が中に入った時点で扉はパタリと閉められる。
春の暖かな陽の下から急にひんやりとした薄暗い室内へと入ったことで視界が一瞬濁ったが、すぐに目が慣れてきた。
扉をくぐると中は小さなホールのようになっており、またすぐ先に人が一人やっと通れるほどの小さな片扉があった。狭いホールにはローブを着た高位魔術師と父が何度かフラナン家の屋敷に呼んだことのある顔を見知った前任の第五騎士団長と副騎士団長、そして事務机に座った事務員がいた。
「シャルロッテ・フラナンさんですね。」
事務員が名前リストらしきものを見ながら私に確認をする。
「中に。」
本人確認が取れると前騎士団長が小さな扉へと私を誘導した。おそらくこれが騎士団員としての彼の最後の仕事となるのだろう。まるで孫を見るかのような暖かい目で先へと促してくれる。
魔術師が両手を前に出し何やら呪文を唱えると、扉に魔法陣が浮かび上がった。青く光るそれが全ての術式を完成させると、ギギッと音を立てて扉が開いた。
「内側から出たいと願えば扉は開く。良い剣に出会えるといいな。」
穏やかに微笑む前騎士団長にはいと答え、中に入った。
魔法陣によって開かれた扉を振り返れば音もなくすでに閉じていた。開くときは音を立てたのに不思議だ。しかし、周りを見渡してその理由がわかった。
目の前にはどこまで続く武器庫。
壁に、天井に、至るところにありとあらゆる形をした剣が貼り付けられている。中にはレイピアやアクスのような騎士剣とは程遠い形状の武器もあった。
しかし明らかに室内の広さと、さっき待機中に見た建物の外観の大きさとがつり合わない。
「異常に広いな......。異空間か?」
「気付いたみたいだね!そうそう!ここは空間魔法で作られた特別な部屋なんだよ!」
え?
誰もいないはずの宝物庫の中で誰かの声が聞こえて驚きに目を見く。
しかし、あたりをキョロキョロと見渡してもやはり誰も見当たらない。
「こっち!こっち!オイラはこっちだ!」
「は...?」
足元で何かが動いたような気配がして、目線を下に落とした。
「...トカゲ?」
「誰がだよっ!!」
「いや、どこからどう見ても......」
「ちょっ、ちょっと待って!アンタ、オイラが見えるのか!?みんなは声しか聞こえなかったのに!」
目を見開いて私の足に手をかけているのは、少し胴体の太いトカゲだ。
「見える。しかし喋るトカゲは初めて見た。」
「ト、トカゲじゃない!」
「じゃあ、ヤモリやイモリなのか?」
「ちがーーう!!」
ぶんぶんと顔を横に振るトカゲのようなそいつ。
「じゃあ、一体、君は何者なんだ?」
「オイラは.........っ」
トカゲでもヤモリでもイモリでもないならお前は何なんだ?と聞いたら、そいつは自分が何者かと言いかけてショボンと下を向いてしまった。
「どうした?」
「オイラ、自分の名前を覚えてないんだ。おっきな悪いことしたからここでこの部屋のものを守れと言われてずっとここにいるんだけど。ほんとの名前を誰かが呼んでくれたら悪いことを許してもらえて自由になれるって言われてて......。」
「誰にそんなことを言われたんだ?」
眉を寄せて聞くと、トカゲのようなそいつは私の顔を見て大きな目玉を涙でウルウルとさせている。
大きな悪いことをしたと奴は言うが、はっきり言って悪事を働くようなトカゲには見えない。
「もしかしてそれも覚えていないのか?」
こくん、と頷く。
まいった。
どこかに名前の手がかりになるようなものはないのか?
見渡すと沢山武器が飾られている一角の台座の上に受け皿のようなものがある。近づくと急に皿の上の何もない空間から水の雫がピチョンと落ちてきた。私の後についてきたトカゲが皿にえいやっと飛び乗り、嬉しそうに皿に溜まった水を舐めた。
「これはオイラの寝床だよ。冷たくて気持ちいいんだ。」
手を皿の水に浸すと冷たいが少しぬるっとしている。
「海水か?」
「海水っていうの?」
トカゲがキョトンとした顔で私を見上げる。
「淡水ではなく、海水に住む生物...。トカゲのような。一体おまえは何なんだか。」
頭を抱える私をトカゲのような奴はじっと見つめていたが、意を決したように口を開いた。
「いいよ。オイラの名前わからなくても。オイラが見えるアンタに会えただけでも嬉しい!
アンタ、自分の剣を探しに来たんだろ?オイラ案内するよ。行こう!」
「え、おい?いいのか?名前は...?」
「いいんだっ。他のやつは声だけしか聞こえなかったのにオイラを見てくれただけでも嬉しいっ。」
トカゲのようなそいつは本当に嬉しそうに尻尾をぶんぶんと振って歩いていく。
「おい、ちょっと待て......!?え......!?なんだこの光はっ!?」
私が奴と歩き出した途端、周りの壁や天井に飾られている武器達が一斉に光出したのだった。
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