剣を握るその意味を⑨
◇◇
「シャルロッテ!!!」
フラナン家当主の執務室に低い唸り声のような叱責の声が響く。
「はい。」
目の前にいる男の短髪のプラチナブロンドの下の額には、うっすらと青筋が立っていた。
しかし、私の名を呼んだくせにその切れ長の目を閉じながら、ふるふると拳を握りしめて次の言葉を発さない。痺れを切らした私はこちらから問いかけてやることにした。
「何ですか?父上?」
「おまえな、何ですか?とは!な、何ですかだと?な、な、な...!」
「バナナ。」
頭がのぼせきって上手く話せない父上にレイノルド兄上が目を輝かせてくだらない合いの手を入れる。
「レイノルド!!横からちゃちゃを入れるでないっ!」
「はいはい。申し訳ありません。父上。しかし、あまりに怖い顔をなさるから使用人たちが恐怖で青ざめてしまっておりますよ。会話は楽しく穏やかにお願いします。」
「なんだと?青ざめてなど......」
周りを見渡した父上は言いかけた言葉を飲み込んだ。
うん、確かに、使用人みんなが私達、とくに父上を見て膝をガクガクさせながら青い顔をしている。
父上は私とおなじ白金の髪にグレーに近い水色の瞳をしていて、騎士団長に選ばれてからは長かった髪をこれでもかと言うぐらい短く切っていた。
水色の切れ長の瞳はそれでなくとも冷たい印象を与えるのに、さらに怒りの色を加えると周囲が震え上がるのも仕方のないことであろう。
「う......ゴホン!とっ、とにかくシャルロッテ!私が何故怒っているかわかっているな?」
「公爵様の屋敷に無断で入り込んだことですか?」
「そうだ!そしてレイノルドの稽古着をも無断で洗濯場から持ち出したな?洗濯係の者が慌てふためいていたぞ。さらにはそれを着て、男のフリをするなんてっ......、はあぁぁっ。」
怒りが最高潮に達したのか、一気に脱力した父上は深すぎるため息をついた。
「父上、私は男のフリをしたわけではありません。馬車に忍び込むのにも兄上たちと打ち合いをするにしてもドレスを着ていては動きにくいので...」
「シャルロッテ、お前はわかっていない。」
「何がですか?」
「呼ばれてもいないのに公爵邸にくることは確かにけしからんが、私達の付き添いとしてならまだ許される。男装をしてハインリヒ殿とお会いしたことも、おまえから性別を偽ったのでなければ大したことではない。しかしっ、しかしだあっ!!!!」
ビククウゥッ!!?
急に語尾を強めないで欲しい。また周りの使用人たちがビク付いてるではないか。
「しかし、レイノルドの服を洗濯場から持ち出したことは許し難いことだ。なぜだかわかるか?」
「兄上のお気に入りの服だから?」
がくっと父上が項垂れる。
「違う。」
「え。お気に入りですよ?」
「レイノルド、おまえはしばらく黙っていろ。」
使用人から持ってきてもらったバナナを口いっぱいに頬張りながら兄上が口を挟む。
いいなぁ、レイノルド兄上。バナナは南国でしか取れない貴重な果物なんだ。羨ましそうに見ていると食べかけをハイと渡されそうになったから気持ちだけもらっておいた。慌てて使用人が私の分を用意してくれる。
「洗濯場の使用人はなくなったレイノルドの服を血眼になって探していたのだ。なぜなら仕えるべき家の物が紛失してしまったり破損した場合、管理していた者に責任が生じるからな。シャルロッテ、この意味がわかるか?」
「意味......?」
「なくなった物が見つからなければ、管理者が罰を受ける。無くした物の価値にもよるが、投獄、追放、ひどい場合は打首だ。」
「!!」
投獄、追放、......打首!?
私が少し兄上の服を持ち出しただけで、使用人達が罰せられてしまうというのか?
「おまえがしでかしたことの重大さがわかったか?」
「......はい。申し訳ありませんでした、父上。二度とこのようなことはしません。公爵邸にも二度と...」
「行くんだ。」
「は?」
「ハインリヒ殿が、公爵閣下にレイノルドの弟も稽古に参加させてほしいとお願いされたそうだ。よって、おまえは来週からレイノルドとともにブリスタス公爵邸に行くように!」
「そ、それは私も稽古を共にしていいということですか!?」
「そうだ。」
やった!!本当に!?
飛び上がって喜びそうになったが、父上の言葉に引っかかりを覚えて思わず眉を寄せる。
「ん?え?あれ?弟、も?」
「そうだ。」
「父上、私は弟ではなく...」
「ぶぶっ、妹だよねぇ...。あはははは!痛いっ?」
隣で笑い転げるレイノルド兄上の足を思い切り踏んでやった。
「ハインリヒ殿はおまえを男と認識している。公爵閣下はもちろんフラナン家の第五子は娘であるとわかっているがな。閣下からこのまま男として参加されるよう要望があったのだ。
ブリスタス公爵夫人は繊細で花を愛でるような守られるタイプのご婦人でな。そんな母君をもつハインリヒ殿は女性はか弱く守るべきものという考えの少年だ。おまえが女性だと知れば、本気で打ち合うことなどしなくなってしまう。」
なるほど。だから兄上の弟として、誤解を解かずに男のフリをして稽古に向かえということなのか。
私は稽古に参加さえできれば身なりなど気にしない。それに女だと知って手加減されるなんて冗談じゃない。
「レイノルド兄上、来週も私に稽古着をかしてください。」
「いや、その必要はない。」
「父上?私は男性用の稽古着を持っていませんよ?」
「それはーだな。新しくおまえ用につくっても...ごほん。そ、そう言えば昔はよく、おとーたまあれが欲しい、おとーたまこれが欲しいと言ってたよなぁ。可愛かったよなぁ。」
父上が明らかに幼児時代の私の口真似をしながら、チラチラとこちらを見ている。
「............。」
「シャル、たまには親孝行も大切だぞ。」
真剣な目でこっちを見てくる兄上だが、明らかに肩が震えてるぞ。ふきだすのを我慢しているのが見え見えだ。
「おとーたま、稽古着が欲しい、です......。」
稽古着は手に入っても、何か大切なものを失った気がするのは何故だろうか?
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