剣を握るその意味を⑧
ーーー必ずしも同じルートに行く必要はない。
たしかにそうだ。
だけど、だったら何になりたいかと聞かれたら私は答えられない。
「それに、どんなに頑張ってもあなたのご先祖さまや騎士になったご家族のようにはあなたはなれないわ。」
「なっ!?」
カッと頭の奥が熱くなった。
「......君も否定するのか?周りのみんなのように?私のようなものは騎士になってもたいしたことができないと?鍛錬する意味がないとっ?」
「ちがっ、そーいう意味じゃなくて!」
天使が慌てて私のほうを見て、頭をふる。
わかってるんだ。
私は父上や兄上たちのようにはなれない。
どんなに剣術のセンスがあると褒められてもそれをいかすことはこの先もないのだろう。
わかっている。
でも、初対面の人間にまでそれを指摘されるのは辛かった。
「ごめん!言い方が悪かったわ。
そうじゃなくて。あなたはあなたにしかなれないって言いたかったの。
あなたがこれからどの道を選ぶかもあなたの自由なんだよって。誰かを目指す必要なんて、誰かと全く同じようになる必要なんてないのよ。」
そう言って彼女はちょっとだけなぜか悲しげな笑い方をした。
「あなたの思うままに生きて。」
私もそうするんだ、と天使が言ってまた笑った時、彼女の瞳からはさっきの翳りは消えていた。
「.........うん。」
そう答えると彼女は安心したように残っていたお菓子に手を伸ばす。
「ねぇ、もしかして、君って.........」
ボーーーン、ボーーーーーン
私が言いかけた言葉を遮るように、壁にかかっていた振り子時計が15時の音を鳴らした。
「あっ!しまった!馬車!帰らなきゃ!」
すっかり忘れていたが、たしかレイノルド兄上が馬車をエントランスに回すとか言ってなかったか?
これ以上遅くなると父上が帰る時間に鉢合わせしてしまう。
「帰っちゃうの?」
天使が残念そうな顔をする。
「あっ!じゃあ。ちょっと待って!」
そう言うと、残っていた菓子を棚から取り出した袋に詰め出した。そして、しゅるりと自分の髪につけていた白いシルクのリボンをとると、袋の口部分をそのリボンで絞る。
「持って帰って食べてね。楽しかったわ。」
「私も楽しかった。ありがとう。」
ニコニコと笑う彼女から菓子を受け取り、お互いの手が離れて行く。
だけど私は袋を持つ手とは反対側の手を再び彼女の手へと差し伸べた。
彼女の細い指の先を掴むと、エメラルドの瞳が驚きに見開かれる。
「私がなんとかしてあげるよ。」
「えっ......?」
「本の中のお姫様のように、君もどうにかしてほしい何かがあるのじゃないの?」
時計の音に邪魔されて言えなかったことを彼女に伝えてみた。
彼女がさっきの本について話す時、何故かはわからないけど、彼女が苦しそうな表情をして話していたような気がして。彼女も何かに悩んでいるのではないかと思ったんだ。
......私で役に立つかはわからないけど。
「ふふっ。......ありがとう。じゃあ、私がどうしようもなくなった時助けてもらえたら嬉しいな。」
彼女の悩みが何かはわからないし、本当に私が助けられるかの保証もまるでないことなのに、彼女は目を細めて喜んでくれた。
お互いに微笑みあったあと、手を離してその場を走り出そうとした私の背中に天使がおもいついたかのように声をかけた。
「その時は......その時は騎士のあなたでも、お姫様のあなたでもどちらでもいいわよ。」
「えっ...!?」
お姫様のあなたでもって......。
彼女は気付いていたのか?
私の正体に。
彼女の言葉に驚いてばっと振り返った。
しかし、私の視線の先には誰もいなかった。
「消えた......?」
さっきまで茶会を楽しんでいた小屋はたしかにそこにあるのに、さっきまで話していた彼女はその場から跡形もなく消えていたのだった。
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