剣を握るその意味を⑦
天使曰く、この小屋はブリスタス公爵夫人が趣味で自庭に作った小屋らしい。時折、公爵夫人と彼女はここで公爵達には内緒でお茶会をするのだが、今日は夫人が忙しく彼女一人でこの場所にいたと言うわけだ。
秘密のお茶会をするぐらい親しい関係なのだとしたら彼女は夫人の娘?ハインリヒの妹なんだろうか?
「この本は公爵夫人のものなの?」
ひととおりの菓子を2人で堪能したあと彼女の傍に置いてあった分厚い本を見て私は言った。
その本は明らかに5歳児の読むような絵本などではなく、ハードカバーの表紙にはお姫様と思われる女性が城の窓から身を乗り出して外にいる騎士の手を取ろうとしている絵が書いてあった。
「ううん。私の本よ。」
「君はこんなに難しい言葉が並んだ本が読めるの?やっぱり、天......」
「てっ天使じゃないわよ。やめて、その呼び方はっ。こそばゆいわ。むしろ、私は悪役令嬢なんだからねっ。」
「あはは。なにその悪役令嬢って。」
顔を真っ赤にして口を尖らせ、自分は天使ではなく悪役だと言いはる彼女は本当に可愛いくて、きっとこんな子がみんなに喜ばれる“理想的な女の子”なんだろう。
「............。」
彼女が急にだまりこんで本の表紙を見つめた。
「どうしたの?」
「このお話はね。お姫様が隣の国の王子様と結婚させられそうになった時に、お姫様のことを大好きな1人の騎士がお姫様をお城から逃がしてくれるお話なの。」
「へぇ...。お姫様は王子様より騎士を選ぶの?」
不思議だな。
王子のほうが地位も高い。
一介の騎士とともに生きるより、王子と城にいたほうが裕福な暮らしができるだろうに。
「お姫様は王様の命令でむりやり結婚させられそうになって毎日泣いていたの。それを見ていた騎士が王様の命令にそむいてお姫様と駆け落ちするのよ。」
駆け落ちってなんだろう?
一緒に逃げたってことでいいんだろうか?
「......どうしようもない時に助けてくれる人がいたこのお姫様は幸せだわ。」
「えっ?」
「え?ってなぁに?」
「いや、私はてっきり君がこの話のお姫様が好きな人と結ばれてよかったと言うのかと思ったから......。」
小さな子向けの絵本でよくあるお姫様のハッピーエンドの相手は大抵王子様だ。
私の周りの女の子達もみんなキラキラしたお姫様になれることを夢見ている子が多い。
でも彼女が読んでいる大人向けのその本の中のお姫様は王子様を選ばず騎士を選んだ。そして、さらに彼女はこの話で良いなと感じた部分は、『困っていたときに助けてもらえたということ』であって、『愛する騎士と結ばれたこと』ではないみたいな言い方をする。
「女の子って誰でも王子様に憧れてるわけではないんだね。」
「あら?じゃあ、あなたがもしお姫様だったら王子様に憧れる?」
「私?.........私だったら騎士かな。
でも、それは結婚したい相手としての憧れではなく、自分が騎士になりたいからかな。憧れがあるよ。」
「あなたは騎士になりたいの?」
「なりたい。私の家は代々騎士として王に仕えているんだ。私も小さな頃からずっと父上や兄上のような騎士になることを目標にしてきたから。」
私の家族は7人家族で、父上は第二騎士団の騎士団長をしている。1番年上の姉は辺境伯に嫁いで屋敷をでているが1番上の兄は騎士団に所属しており、2番目の兄も騎士団に入るための学校に通っている。
3番目の兄であるレイノルド兄上も騎士になれるよう毎日屋敷で剣術の稽古を励んでいるし、私も兄達と同じ道を進みたいと思っていた。
「ご先祖さまやお父さんお兄さんが騎士だからあなたも騎士になりたいの?」
「ああ、そうだよ。」
「............そっかぁ。」
なんだ?
代々騎士の家系に生まれたんだ。騎士になるのが普通だろう?彼女はいったい何が言いたいんだ?
天使は眉をよせて目の前のティーカップを見つめている。
「私は......、私は必ずしも決められたルートに行く必要はないと思うの。
......あなたも、私も。」
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