第8話
爽やかな風を受けて私達の馬車は王城や教会にも続いている主要道をゆっくりと走っていく。
ブリスタス公爵は王城の近くにもタウンハウスを所有しているが、今回は王都の端に位置する広い庭園のあるタウンハウスがガーデンパーティーの会場になっていた。
ブリスタス公爵の愛してやまない公爵夫人の趣味がガーデニングであるらしく、すでに王城近くにタウンハウスを所有していた公爵は愛する妻のために新婚時代に新たにタウンハウスを王都の端に作らせたのだそうだ。
大きなアイアンの門が開かれ、馬車はブリスタス邸の敷地内へと入って行った。
王都の中心から離れていることもあり、街の喧騒もほとんど聞こえない。カントリーハウスほどではないがかなりの広さの庭園が美しい春の花々で彩られていた。
「テオドール殿、アリシア嬢、本日はようこそお越し下さいました」
ブリスタス公爵令息のハインリヒ様が馬車から降りた私達を恭しく出迎えてくれた。
テオ兄様が挨拶を返そうとしたその時、ぐわしぃっとハインリヒ様が兄様の肩を片手で抱き込んでしまう。
「......なんてなっ!よく来てくれた。テオにアリィ!」
「本日はお招きくださりありがとうございます。ハインツお従兄さま」
「ハインツ!せっかく僕がきちんと挨拶を......」
「まぁまぁ。親戚同士で堅苦しい挨拶なんて不要!不要!
さ、馬車に揺られて疲れただろう、アリィ。控えの部屋まで案内させるよ」
そうなのだ。
ハインリヒ・フォン・ブリスタス公爵令息、つまりハインツお従兄様は私とテオ兄様のいとこなのである。
ハインツお従兄様は背の高いテオ兄様よりさらに少し背が高く、ストロベリーブロンドの髪に青い目をした美丈夫だ。線の細いテオ兄様とはまた違ったタイプの男性だが、私と同じハニーブロンドに緑の目をしたテオ兄様と並ぶと正装した彼らはまるでお伽話から抜け出た王子様たちのようだった。
あれ?そう言えば、本物の王子様は...?
本邸の横にある別邸をガーデンパーティーの控え室として使うようで公爵家の私達には個室を用意してくれている。
きっとレオンハルト様もそちらにある特別個室のうちの一つを利用なさるのだろうと私が別邸のほうを見ていると、それに気づいたハインツお従兄さまが目を細めて微笑んだ。
「アリィ、殿下はもうすぐ着くよ。先程先触れがあったからね」
「え、あ、私は別にっ。レオンハルト様を探していたわけではっ!」
「ああ、到着されたようだな。すまないが少し席をはずさせてもらうぞ」
馬の蹄の音が聞こえ、先程ガーラント公爵家の馬車が止まっていた場所に今度は王家の紋章入りの白い馬車が止まった。それに続き、やや遅れて付き人達の馬車と思われる馬車が後方に止まる。
騎馬兵などが警護をしていないのはレオンハルト様が魔法で結界を張ることができるからである。
この国で1番の魔術の使い手である彼には警護は殆ど必要ないのだ。
馬車から降りてきたレオンハルト様御一行にハインツお従兄様が丁寧に応対している様子が遠目で見えた。
ゲームシナリオ通りのアリシアなら、きっとレオンハルト様に歩み寄り、完璧なカーテシーと微笑で王太子に挨拶をしただろう。
彼が用意したドレスを優雅に指で摘みながら。
そんなことをぼんやりと考えながら、王家の馬車のほうを向いていると、ふいにボサボサな銀髪の頭がこちらを振り向いた。
「......!」
私は慌てて、ドレスを摘みカーテシーをする。
ただ、今私が着ているドレスは摘んだところでふわりともならない形をしていた。
元々の形のAラインドレスならば、その生地のボリュームによって、蝶が舞い降りた花の花弁のように存在感が有り美しかっただろう。
「殿下?いかがしましたか?」
レオンハルト様の付き人の声がして、私は恐る恐る顔をあげた。
レオンハルト様が眼鏡越しでもハッとした表情をしているのがわかる。
私を凝視した次の瞬間、すぐさま片手で自分の口元を覆うと思い切り顔を背けられた。
ズキン...。
あれ?今のは何?
こうなることを望んでたんじゃないの?私は。
彼が贈ってくれたドレスを彼の好みと真逆に改造して、せっかくマダムと時間をかけて考えてくれたデザインを無茶苦茶にして、こんな女が婚約者なんて冗談じゃないと思ってもらえたら万々歳じゃないか。
「エルケ......。」
「何でございましょうか?お嬢様」
「私、体の中にハリネズミを飼ってたみたい」
「は?」
「心臓あたりがチクチクズキズキするの」
「......正常でございますわ」
ふう、と私の斜め後ろでエルケがため息をついたのがわかった。
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