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王子と私の婚約破棄戦争  作者: 翡翠 律
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剣を握るその意味を⑤



 はぁはぁはぁ...。

 兄上達のいた場所から走り続けて数分、ブリスタス公爵邸のタウンハウスの庭園はとにかく広かった。

 父上に見つからないよう屋敷と反対側に周り稽古場となっていた芝の敷き詰められた場所を迂回してエントランスへと向かうはずだったのだが、いまだに屋敷の屋根が遠い。


「はぁ。少し休憩だ。」


 近くにあった木に寄りかかる。



「ん?」


 すん、と鼻で空気を吸ってみるとなんだか甘い香りがするではないか。

 なんだ?菓子か何かの匂いか?

 こんな庭園の中で?


 ブリスタス公爵邸の庭はどちらかというとシンメトリーに刈り取られた人工的な草花の庭ではなく、自然な森や花畑を模したような庭だ。

 屋敷の近くにはテラスやガゼボがあるが、今自分がいる屋敷から離れた場所は木や花々が無造作に植えられており、虫や鳥も飛び回っていて茶菓子を楽しむような空間ではない。


 不思議に思って甘い匂いのするほうに歩みを進めると、目の前に白木で作られた小さな小屋が現れた。

 ところどころに細かい彫りがされており、窓にはめられたガラスも上質のもののように見えるので庭師小屋や使用人が使う小屋ではないように見える。どちらかというと家人の趣味で作られたアトリエ小屋のようなものだろうか。


 耳を澄ますと中から衣擦れの音や人の息づかいが微かに聞こえる。この甘い匂いは中で誰かがティータイムでも楽しんでいるだろうかと考えたとき、グルルルルと自分のお腹が鳴った。


「............。」


 盛大な腹の音はレイノルド兄上がこの場にいたら間違いなくからかいのネタにされただろう。

 この場に誰もいなくて良かった。



「お腹がすいてるの?」



「いや、そんなことは...。あぁ、そっか、そうかもね。馬車に潜り込んでいたから昼食をたべそこねていたか......ら?」


 え?


 いま誰かの声が。


 バッと横を向くと先程は閉まっていたはずの小屋の扉が少し開いている。

 開いた扉の隙間から小屋内差し込む陽光になにやらキラキラと輝いて見えるものがあった。

 その輝く何かが人だと私の脳が認識できたのは、その子を見て数秒経ってからだ。



 ...............天使?



 太陽の光を反射して輝く蜂蜜色の長く繊細な髪はゆるやかに波打っていて、その子の腰あたりまで伸びている。

 キョトンとした顔でこちらを見つめる瞳はエメラルドのように美しい色だ。初めての人間に出会った緊張からか少し紅潮した頬は、その子の...彼女の白い肌をより際立たせていた。


 あまりの人離れしたその子の存在感に息をのんでしまい一言も発することができない。

 先に言葉を発したのは、じっとこちらの様子を窺っていた天使(かのじょ)のほうだった。


「......ゲームに出てきた?ううん、でも白金の髪のメインキャラはいなかったような。でもでも!こんな美形だったらやっぱり?あぁ〜!他のルートもきちんと調べておけば良かった...!そうだ、名前を聞いたら思い出すかも......。」


 げぇむ?

 るぅと?

 口元に細い指をあてながらボソボソと話す内容は意味のわからない言葉ばかりだった。


 天界の言葉か?

 やっぱり彼女は本物の天使なのか?


 思わずその背中に翼はないのかと視線を動かした時だった。


「ねぇ、あなたお名前は?」


 天使が首を傾げて聞いてきた。


「名前は......」


 あまりの邪気のない瞳の綺麗さに、つい素直に自分の名を名乗りそうになって、ハッとした。

 父上に黙って付いてきたことが、ここで彼女に名乗ることでバレたら大変じゃないか。

 かといって他家の敷地内で公爵の関係者であるかもしれない人物に名乗らないのも不敬にあたる。


 どうしたものかと悩み出した時、再びグウっと腹の音が鳴った。

 しかし、今の音は私ではない。


「............。」


 ......淑女の腹の音を聞いてしまうなど非常に気まずい。


 剣の練習ばかりして、こういう時の社交術を家庭教師に教わらなかった自分を初めて後悔した。



 ぷっ、くすくすくすくす


「!?」


 急に笑い出した天使に思わずビクリと肩が上がる。


「さっきのあなたのどうしたらいいんだって言うような困った顔!ぷ...ふふふ。」


 ひとしきり笑った彼女は、自分の腹の音などまったく気にしていないようだった。

 時々母上のお茶会で引き合わされる貴族の令嬢だったら恥ずかしさで卒倒するか、その場をうまく誤魔化せない私に立腹するかのどちらかであっただろう。


 不思議な感覚に戸惑う私に彼女は言った。


「ふふっ。どうぞ中に。一緒にお茶にしましょうよ。」


 その輝くような笑顔を見て私は思った。


 姿も心も天使だ。

 この世に天使は存在したんだ、と。


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