剣を握るその意味を④
「シャル!?おまえ何をしているっ!?」
振り下ろしたはずの木刀が、横から急にふいてきた強風に弾き飛ばされた。
打ち込むはずのものを奪われた私は、そのままの勢いで公爵令息の胸元に倒れ込んでしまう。
「うわああっ!!」
「.........っ痛え。...って大丈夫か!?」
がばりと起き上がった彼は後頭部を押さえながら、倒れ込んできた私を気遣うように覗き込んできた。
彼は私が倒れてきた勢いで後ろ頭を打ったようで、目尻に少し涙が滲んでいたからかなりの痛みだったのかもしれない。
「あんたのほうが大丈夫なのか?頭を打ったのでは?」
さすがの私も申し訳なく思い使用人を呼んで彼の頭を冷やすべきかと公爵令息の顔を見つめて考えていると、なぜか彼は狼狽えて口元を片手でおさえながら顔を逸らした。
「なぜ、顔を逸ら.....ぐえっ!?」
急に後ろから誰かに羽交い締めにされる。
さっきの声と強風魔法から考えて相手が誰かは既に分かっているのだが。
「シャル?兄上様の声が聞こえなかったのかなぁ?」
後ろにいるその誰かが耳元で囁く。
「うあっ?やめろ!兄上っ!」
「やめない。おいたするやつはコチョコチョの刑だ。」
私を羽交い締めしていた少年、レイノルド兄上が私の脇腹をこしょこしょとくすぐりだす。
「や、やめ...ひっ、ひーいっひっひ!やめろぉ!や、やめ...」
「どーーやってここに来たのか言ってごらん?それにその服は俺の服だよね?ゴメンナサイは?」
「ごっ、ごめ......!!うひっ!ひゃーっはっは!謝るからやめてくれ!ひっ!こっ、ここには父上や兄上が乗った馬車に潜り込んで......ひゃーはっはっは!」
くっ。私の弱い場所を的確に攻めてくるレイノルド兄上はさすがだ。腹が捩れそうでもう何が何だかわからない。
「やはり、レイノルドの関係者か?おまえに弟がいたとは初めて知ったぞ。」
後頭部をさすりながら私達を興味深そうに見るブリスタス公爵令息の言葉に私をくすぐっていた兄上の指が止まる。
「弟......。」
私より背が少し高い兄上は改めて私の顔をまじまじと覗き込むように見てきた。
「弟.........ぶぶっ!!」
「兄上っ!!」
盛大に吹き出し笑い出した兄上に公爵令息がきょとんとした顔で目を瞬かせる。
「いや、ほんとやんちゃな弟でね。公爵邸に勝手に付いてきてほんと申し訳ない。ほら、シャル、ハインリヒ様にご挨拶しなよ。」
「.........はじめまして。」
まだおなかを抱えながら笑うレイノルド兄上を横目で睨みつけ、父上から習った騎士の礼をする。
本来なら違う礼の仕方をとるべきなのだろうが、兄の稽古着を着ている今の私がそれをするとあまりに滑稽なのでやめた。
「名はシャルと言うのか。私はハインリヒ・フォン・ブリスタス。よろしくな。」
ブリスタス公爵令息は気さくな人間なのだろう。ハインリヒと呼んでくれと言い、すっと右手を出し私に握手を求めてきた。軽く握り返すと彼の手には剣だこはもちろんのこと、手のひらの皮膚すら固くなっており、普段の彼がどれだけ剣術の練習にうちこんでいるのかがよくわかる。
「さて、シャル。ご挨拶が済んだらおまえは帰るんだ。」
「なっ!兄上!?」
抗議の声をあげる私にレイノルド兄上はさっきまで大笑いしていた人と同一人物とは思えないほどの真剣な顔で私の目を見てくる。
「わかっているだろう?」
「.........なぜ、私だけ」
「シャル。」
「...............。」
「せっかく来たんだ。シャルも剣の練習をともにしたらどうだ?」
口惜しげに黙り込む私を見て、ブリスタス公爵令息が口を挟んだ。
ぱっと顔を上げ「うん」と答えようとしたが、すぐにレイノルド兄上に制止され、とんっと背中を押される。
「エントランスに馬車を回させる。俺と父上は夕方まで滞在する予定だから先に帰れ。」
私も兄上達と一緒に稽古がしたい!......と抗議しようと開いた私の口はしかしながらその言葉を発することはなかった。
なぜなら屋敷の扉が開くのが見えたからだ。
「ほらっ。行け!父上に見つかったらやばいぞ!」
兄上が言い終わる前に、私は屋敷とは反対側に全速力で走り出した。
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