第7話
◇◇
ガーラント公爵家の本日の朝は慌ただしい。
我が家には廊下を走るようなマナーのなっていない使用人はいないが、足早にブリスタス公爵邸への出立の準備をする緊迫した様子に私の専属の侍女であるエルケもいつもより緊張した面持ちをしていた。
エルケの指示により彼女より年若い侍女達が私にドレスを着付けていく。庭園での風にも対応できるよう顔周りはすっきりと髪を結い上げ、最後にエルケが我がガーラント公爵家の家章色である淡いピンクの髪飾りを私のハニーブロンドに付けてくれた。
エントランスホールに降りると、すでに支度のできていた三つ歳上のテオドールお兄様がにこやかに私を待っていた。
その後方に何故か絶望感溢れる表情をしたお父様とその横で呆れた視線をお父様に送っているお母様がいる。
「テオ兄様、お待たせ致しましたわ」
「可愛い我が妹を待つのは至福の時間だよ、僕のアリィ。
今日の君も一段と麗しいね。アリィのこの花のような美しい姿を見たら花妖精達もきっと恥らんで隠れてしまうよ」
まるで恋人に贈るような甘いセリフがさらさらと口から流れるようにでるテオ兄様はさすがである。
前世の私なら歯が浮くような賛辞だか、末っ子愛、娘愛の過剰な我がガーラント公爵家の男子達はこれがいたって普通であり、その過剰愛に慣れてしまった私は15年もこの環境にいたことにより、いちいち頬を染めたり恥じらったりすることも無くなってしまった。
慣れというのは恐ろしい。
「ありがとうございます。テオ兄様。......ところでお父様はなぜそのような悲しそうなお顔をなさっているのでしょうか?」
私はテオ兄様の後でこの世の絶望だとでもいうような顔で佇んでいるお父様を見て首を傾げた。
「あぁ。アリィ。私は何故、大事な娘のこんな大切な日に王宮に出仕せねばならんのだろう。
アリィが王太子殿下の婚約者として初めて公の場に出るというのに...!
はっ。そうだ!王城の門あたりを天降石魔法でも使って破壊し本日は出仕不能にして、私もブリスタス家のパーティーに...」
「貴方ってば、いくらアリシアが大切だからと言って、そんなことはおやめくださいませ。
そんなことをしたらレオンハルト様までもが王城から出れなくなってしまうではありませんか!」
いえ、お母様。その前にお父様が不敬罪、器物破損罪で捕まると思われますわよ。
「父上、どちらにせよ。今回父上達が王宮に出仕されている平日昼間にパーティーが行われる趣旨は、王太子と未来の王太子妃を同世代の若い貴族達と交流させることなのですよ」
「わかっているさ、テオ。わかっているが...ううう」
「さあ、さあ、お父様は放っておいて、そろそろ出発しませんと。貴方もうだうだしてないでお仕事頑張ってきてくださいませ」
お母様に急かされて、しょんぼりしながら出仕用の公爵家の馬車に乗るお父様の背中が今日はやたら小さく見えるが、こちらも時間がないので見なかったことにして自分の乗る馬車に向かう。
馬車の前でテオ兄様が私に手を差し伸べるが、私には馬車に乗る前にしなくてはならないことがあった。
「エルケ、あれを」
「了解致しました」
エルケが私の後方で赤い魔法石2つをカチカチと打ち合わせる。
「ア、アリィ、それは何だい?」
「火打石といって、はるか東方の国で出かける際に身を浄化し出先での厄を払うおまじないだそうですわ、テオ兄様。
ただの石では効果が薄そうなので、最上位の火炎魔法がこめられた魔法石を使ってみましたのよ」
「そ、そうか。屋敷が全焼しそうだからほんとに発動させてしまわぬようにな」
「もちろんです」
いざ、出陣!と意気込みながら馬車に乗った私の隣で「今日ってガーデンパーティーだよな?戦陣に赴くわけじゃないよな?」とテオ兄様がしきりに首を捻っていた。
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