第50話
「一体何があったんだ?」
ぐしゅぐしゅと泣く私の頭にエアハルト様は手を伸ばしかけたが、令嬢に気安く触ってはならないと思われたのかすぐにその手を引っ込めた。
「うぐ......間仕切りが......。」
「間仕切り?」
「ううう。間仕切りが私を嫌いなんです。」
あ。言い間違えた。
「......いまは『間仕切り』が人間を嫌う世の中なのか?」
いえ、私が言いたかったのはそうじゃなくて。
顎に手を当てて感心しないでくださいエアハルト様。
いつの世も『間仕切り』は大抵無機物なので人を嫌いません。たぶん。
「きら......苦手な相手の顔はやはり見たくはないものなのでしょうか?例えば何かで間を仕切って見ないですむようにしたいくらいに。」
「何かで仕切る?どうだろうな?間を仕切りたくなるのは決して苦手な対象の場合だけではないと思うがな。」
「どういう意味でしょうか?」
「対象に近づきにくい場合も何かで遮りたくなるのではないか?あまりにも眩しすぎて直視できない、とかな。俺にも身に覚えがある。」
「エアハルト様も?」
意外だ。
朗らかでおおらかな第二王子エアハルト様は、幼少期から大人の騎士を唸らせるほどの剣の使い手で剛毅果断なお方だ。何かの仕切りの陰から誰かを見て近づけない様子など想像できない。
「あぁ、こいつを母から譲り受けた時だがな。」
ぽんっと軽く叩いたのは彼が腰に下げている柄に赤い宝石がついたバスタードソードだった。この剣は一見意匠をこらした普通の剣に見えるがそうではない。第二王子ルートを攻略していない私には詳しくはわからないのだが、たしか設定ではルビナス国の王族に受け継がれる聖剣のうちの1つなはず。
「初めてこいつと会った時は厳重にケースにいれてあったんだがな。8歳の俺にはこいつがあまりにもすごいものに感じて、なかなかケースを思い切って開けることができなかったんだ。
うっすらと蓋を開けて、隙間からドキドキしながら中を覗いたな。今でも覚えているぞ。ははっ。」
そう言って、あの時は触るのも躊躇ったなと朗らかに笑う。
王族に受け継がれている聖剣なんて、実際すごいものだけど、その時の幼いエアハルト様を想像するとなんだか可愛くてクスリと笑ってしまった。
「やっと止まったか?」
「え?」
何がですか?と瞬きをした後、エアハルト様の視線が自分の目の下におくられていることに気付き、ようやく自分が泣き止んでいたことを知った。
「相手が眩しすぎて見れないという時もある。誰に何をされたかは知らないが、気にするな。」
「は、はい。ありがとうございます。」
私の気持ちが少し浮上したのがわかったのか、エアハルト様は目を細めて優しげに笑った。
「ふっ、ははは。それにしてもアリシア嬢はなかなかに忙しなく楽しい者であるな。走ったり泣いたり笑ったり、感情豊かだ。レオンは君が婚約者で幸せ者だと思うぞ。
ラファエルから聞いた。あいつの執務室に2人の婚約証明書が貼ってあるらしいな?」
「どうかその話は記憶の彼方に追いやってください。」
どこまで拡まってるんですか、その話は。
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