第44話
今日は王太子妃教育の日でもなく、私の来訪は正式なものではない。
でも、朝のうちに先にガーラント公爵家から登城の知らせを送っていたので城門での手続きもさして時間がかからなかった。
レオンハルト様の執務室に着くと、ちょうど休憩の時間だから殿下は中庭にいらっしゃいますと扉の前にいる警備兵が教えてくれたので中庭へと向かった。
両手でギュッと小包を抱きしめて、中庭にあるいつもの茶会の場へと足を進める。
広大な中庭を囲む回廊に出て、バラが咲き誇る小道を歩いていくと見慣れたアイアンのラウンドテーブルと椅子が見えた。
椅子に腰掛けるのはボサボサの輝く銀髪に銀縁の眼鏡をかけた長身の青年。
「殿下......」
声をかけようとした私は目の前の光景を見て息を飲む。
途中まで発した言葉は、木の葉が風に擦れる音や小鳥の鳴く声にうもれて消えていき、殿下には気づかれなかったようだ。
「アリシアお嬢様?どうかいたしましたか?」
さっと薔薇の木の影に隠れる私の様子に、何事かとエルケが小声で聞いてくる。
「しっ。エルケ静かに。」
殿下はお一人ではなかった。
ラウンドテーブルの向かい側にもう1人座っていらっしゃる方がいたのだ。
私の視線を追ったエルケがその人物を確認して少し驚いたように目を瞬かせた。
「レナーテ・フォン・エルドナドル公爵令嬢様......?」
そう、レオンハルト様とテーブルを共にしていたのは、『5人の王子と謎めいた王宮』の主人公、レナーテ・フォン・エルドナドル公爵令嬢......その人だったのだ。
「レオン、その眼鏡はどうしたの?
いつもと違うじゃない?」
クスリと笑ったレナーテ様がテーブルに身を乗り出してレオンハルト様の眼鏡に手をかける。
彼女が動いたと同時に彼女の長くまっすぐな水色の髪も絹糸のようにふわりと風に舞った。
彼女はレオンハルト様の眼鏡をはずすと、「眼鏡なんてかけないほうがいいのに。」と殿下を上目遣いに見ながら金色の瞳を輝かせながら微笑む。
レオンハルト様のお顔は長く伸びた前髪で遮られていて遠目からは見えないのだが、真下から覗き込んでいるレナーテ様にははっきり殿下のお顔が見えているのだろう。
そして私は気づいてしまったの。
殿下はいつものように本を手に読んでいらっしゃったけど、殿下とレナーテ様の間に遮るものなどなかった。
ーーー私とお茶をする時のようなテーブルいっぱいに積み上げられた書物なんて、一冊もなかったのよ。
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