第42話
◇
「アリィ!!」
ばーーーーんっと私室の扉が開け放たれる。
少し乱れた金色の艶やかな髪を整える事もせず、秀麗な眉をややひそめた美青年が窓際のソファーに座っていた自分に足速に近づいてきた。
「エルケから部屋にこもっていると聞いたよ。体調がすぐれないの?あぁ、こんなにやつれて可哀想に。」
右手で顎をすっと持ち上げられ、片方の手で頬を撫でられる。
「きょ、距離が近いですわ、お兄様。
それに昨夜おやすみなさいとご挨拶してからまだ半日も経っておりませんことよ。そんな短時間でやつれたりはしませんからご安心くださいませ。」
時刻は朝の8時である。
確かに朝食は家族と食べず、エルケに部屋まで持ってきてもらったが、別に体調が悪いわけではない。
昨日の出来事のあと、屋敷に戻ってからもいろいろと考え込んでいたため寝付けたのが夜中で、家族との朝食までに身じたくが間に合わなかったのよね。
心配そうに私の顔を至近距離で覗きこむテオドール兄様。
「アリシア。」
テオ兄様が私を愛称ではなくアリシアと呼ぶときはいつも真面目な話をする時だ。
「何か悩み事でも?
辛いことがあるなら僕に話してごらん。
国宝とも言えるアリシアのエメラルドの瞳の下にこのような隈ができるなど僕は耐えられないよ。」
テオ兄様の繊細な指でそっと撫でられた目の下がくすぐったい。
エルケに化粧でうまく誤魔化してもらったつもりだが、幼い頃からずっと一緒だった兄には誤魔化せなかったらしい。
「悩み、といいますか、実はわからないことがあって。」
「わからないこと?」
「はい。お兄様。
例えば誰かと話す時、テオ兄様はその人との間に、本......いえ、その、間仕切りのようなものがあったらどうしますか?」
「間仕切り?」
テオ兄様が不思議そうに首を傾げる。
「なぜそのような状況になっているのかがよくわからないけど、間仕切りを動かすことができるなら取りのぞくだろうね。声も聞こえにくいかもしれないし、それに相手の顔を見て話したいだろう?」
こんなふうにね、と私の隣に腰掛けてテオ兄様が私の顔を見つめてくる。キラキラと輝く私より濃い緑色の瞳が美しい。兄の美貌に思わずうっとりしそうになったが、ぷるぷると頭を振り兄を真剣な目で見つめ返した。
「では、動かせる間仕切りを動かさない場合は...」
「そうだな。よほど苦手だったり嫌悪を持つ相手なら顔を見ずに話したいから間仕切りをこれ幸いと動かさないかもしれないね。」
「苦手だったり嫌悪を持つ相手なら、ですか...。」
兄の言葉を聞いて、グサリと何かが心臓に刺さった気がした。
ヤマアラシか?君か?君なのか?
いや、それよりも
ーーレオンハルト様は私が苦手?
それどころか嫌悪を抱いているかもしれないのだろうか?
5歳から殿下に愛想を尽かされようと頑張ってきたけど無理だった。王太子になられてからは正式に決まった婚約を破棄しようと頑張っだけどそれもダメだった。
これだけ頑張っても無理なのは、殿下が私のことを少しは好ましく思ってくださっているからかもしれないと思うようになってきた私の考えは思い上がりだったのだ。
結局、
結局ゲームシナリオは変えられないのね。
ツキリツキリと胸を刺す痛みは知っている。
これは罪悪感や悲しみに現れるハリネズミやヤマアラシの痛みではないことを私はわかっている。
恋の痛みだ。
叶わない恋の痛みだ。
もどかしくてどうにもならない、そんな感情。
このまま殿下への恋を自覚して認めてしまえば、待っているのは最悪のバッドエンドだ。
レナーテ様に嫉妬した私のたどりつく未来を想像して体から一気に体温が下がっていく。
「アリシア。本当に顔色が悪いよ。大丈夫なのかい?」
テオ兄様が私の手を取りながら立ち上がり、少し休みなさいとベッドへと誘導しようとする。
「大丈夫ですわ。テオ兄様。
今日は王宮に行くつもりなのでそろそろ準備いたします。」
気遣うテオ兄様を部屋から追い出し、私は続き部屋の扉を開けた。
目の前に並ぶのは沢山の本。
5歳から集めた殿下から離れるための参考図書だ。
ずらりと並んだ書物達を見て私はつぶやいた。
「準備致しますわ。私と私の大切な人たちの未来のために。」
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