第40話
摩天楼というのは、空に届くほどの高い建物を表す言葉らしい。
いま私の目の前にはその摩天楼がある。
ただし、建物ではなく書物だが。
「殿下。」
バサバサバサッ
「......あのぅ?殿下?」
バサバサバサバサバサバサッ
「......私が喋るたびに王宮図書館から魔法で本を飛ばされテーブルに積み上げていくのはなぜですか?積み上がった本の山で殿下のお姿がまったく見えないのですが。」
そうなのだ。普段も庭でお茶をする際はラウンドテーブルいっぱいに本を載せて私と会話しながら本を読んでいらっしゃるが、今日はいつもと比べようがないほどの高さの書物が聳え立つ塔のように積み上げられている。
「アリシアは僕の姿が見たいのかい?」
それはやっぱりお茶会だし。相手の顔を見ずにまるで仕切りのような本の山越しに会話するのはなんだか違う気がする。
「はい。」
バサバサバサバサバサバサバサバサッ。
「......殿下。さらに積み上がりましたが?」
「無理だ...。あんなことがあった後でアリシアの目を直視なんて、僕にはできない...っ。」
「は?」
あんなこと?と飲んでいた紅茶のカップをソーサーに置こうとした時だった。私の右手人差し指の第二関節あたりが目の前の書物にトンと触れてしまったのだ。
絶妙なバランスで積み上げられていた書物のタワーは上部が大きくしなり、前後左右に揺れまくるとテーブルに座る私達目掛けて降ってきた。
「アリシアっ!!」
驚いて言葉を出せない私の肩を誰かが押して私は椅子からころげ落ちた。その瞬間、ふわっと香った柑橘系の香りとさっきまで陽の光で暖かった周囲の温度が急に下がった気がした。
「レ......レオンハルト様...。」
硬直した体で唯一動いたのは瞼だけだった。何度も瞬きして目の前の人の顔を、自分に覆い被さり落ちてくる本から自分を助けてくれた銀の髪の青年の前頭部を見る。
庭園の石畳に頭を打ち付けないようにと咄嗟に私の後頭部に回された右手と、体重をかけないように私の顔の横に着いた左手の持ち主、レオンハルト様はどうやら本のタワーが崩れかけた際に魔法でそのほとんどを氷漬けしたようで、彼の背中や頭に落ちてきた本は数冊で済んだようだった。
ティーカップは落ちた瞬間凍りついたようで破片も中身も飛び散らず時を止めたかのような姿になっている。
「殿下...?あ、ありが......」
助けてくださってありがとうございますと言おうとした私の言葉は目の端に映ったある物を捉えてしまい続けることができなかった。
(あ......。)
ティーカップの近くには無惨にも粉々に割れた殿下の瓶底眼鏡。
ということは、殿下はいま眼鏡をかけていらっしゃらない?
「アリシア。無事だったかい?」
本からの衝撃に耐えるため俯いていたレオンハルト様がゆっくりと顔を上げる。
だ、だめ。
見ちゃダメだ。
殿下の目を見たら...私の気持ちは戻れなくなるような気がする。
今まではレオンハルト様が何故か前髪や眼鏡で目元を隠していらっしゃったので気持ちを抑えられてきたんだ。
この人はレオンハルト様だが、私が乙女ゲームで好きだったレオンハルト様ではない、と。
前世で私の最推しだった大好きな人の瞳を見てしまったら、大好きだった彼の全てを見てしまったら、この人が大好きだったレオンハルト様と同一人物であると頭で認識してしまったら。
だめなのに。
レナーテ様を好きになる人なのに。
私が好きになっちゃいけない相手なのに。
バッドエンドを避けたいのに。
胸が苦しいよ。
この気持ちは
どうしたらいいの......?
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