第39話
◇
いま私の手には書き直した書類がある。
右側に私の名前、アリシア・フォン・ガーラントのサイン。
そして、左側にはこの国の王太子、レオンハルト・シーガーディアン様の直筆サイン。
そして、紙の上部には『婚約証明書』の5文字が金の箔押しで印字され輝いていた。
「......エルケ。私、何か間違ったのかしら?」
あのあと、ラフィが新しい婚約証明書を王都の都民管轄所から取り寄せ、レオンハルト様がきちんと署名したものを私に持ってきてくれたんだけど。
都民の使用する用紙では、公爵令嬢の私に申し訳ないと特別に箔押しの上質紙で印字されたものを管轄所が持ってきてくれたらしい。
もちろんこれは先程のマジックアイテムである婚約証明書ではないわけで、殿下が署名されても“破棄”の二文字は浮かび上がっていない。
じゃあ、さっきのハートが押された婚約破棄証明書になれなかった婚約証明書はどうなったかって?
ありますわ。
殿下の執務室にね。
なぜか、金の額縁に入れられてね。
ラフィ曰く、「アリシア様からの愛の証拠として、どうしても手元で飾っておきたいってレオンハルト様が仰いましてね。たまに眺めすぎて仕事が滞る時もありますが、額を裏返しますよ?と脅せば...コホン、提案すれば仕事も頑張ってくださいますし。
申し訳ないのですが、アリシア様にはこちらの都民生活管轄所から持ってこさせました用紙のほうをお持ち帰りいただいてもよろしいでしょうか?」だそうで。
一体、何を間違ったのだろう、私。
遠い目をする私に、エルケがそらごらんなさいと呆れた顔を向ける。
「まぁ、いろいろ間違えていらっしゃるような気もしますね。特に頑張る方向性については何年も前から。」
でも、殿下が執務室に婚約破棄証明書ではなく婚約証明書を飾るだなんて。
「......エルケ、もしかして私はレオンハルト様にそれほど嫌われていないのかしら?」
私の一言に、何故かエルケが信じられないものを見るかのようにビシッと固まった。
「これでもしお嬢様が殿下に嫌われていらっしゃるとするならば、王都中の恋人達が不仲っていうことになると思いますね。」
そして何故か大きなため息をつき、お茶会の場へと続くバラ園の空を見上げる。
エルケにつられて空を見上げると澄み切った青空が延々と続いていた。
そうなのね。
私はまだ今はそれほどレオンハルト様に嫌われてはいないのね。
バッドエンドを避けるためにはそれではいけないと思う複雑な気持ちを抱えながらも、私の口元は何故か緩んで仕方がなかった。
◇ブックマークや☆評価、感想などで応援いただけたら嬉しいです(^^)。