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王子と私の婚約破棄戦争  作者: 翡翠 律
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第34話

◇◇◇


 ガーラント家の本日の朝食は素晴らしい。


 なぜなら今日は私ことガーラント公爵令嬢アリシア・フォン・ガーラントの登城日だからである。

 なぜ、登城するのかと言うと、王太子レオンハルト様の婚約者と決定してから週に1、2度行われる次期王太子妃教育を受けるため。そしてその王宮訪問日はレオンハルト様と私の茶会日でもあるのよ。


 話を戻しましょう。

 ガーラント公爵家の本日の朝食は普段よりなおいっそう素晴らしい。

 いつも厨房の皆さんが腕によりをかけて美味しそうな朝食を作ってくれるけど、さらによりをかけた料理が私の目の前に並べられていく。


 ツヤツヤ玉子のオムレツには生クリームとほうれん草のホワイトソースがかかっていて、その脇には小さくカットされたカボチャとチキンのキッシュ、そしてサラダには生ハムとモッツァレラチーズがこれでもかとのっている。小さなカゴに入れられたバゲットは焼き立てのこんがりした香ばしい香りが鼻腔をくすぐり、バターは濃い色からして貴重なフラム地方の特産品であろう。ちらりと横を見るとワゴンにはパティシエ特製のガトーショコラやミニスイーツがティーセットとともにたんまりと鎮座して私に食されるのを待っている。



「どうした、アリシア?涙ぐんだりして。」


 お父様が食後の紅茶を飲む手を止めて私に話しかけてきた。


「うう。給仕の皆様の愛がありがたくて。登城の日はいつも朝早くからこのような美味しい料理を用意してくださって、私が王宮で頑張れるよう応援してくださるのですもの。私、今日も頑張ってきますわ!」


 すると、私が眉を寄せて感極まりデザートを食べる横で、紅茶をコクリと飲んだテオ兄様が目を伏せたままふっと笑った。


「何をいってるんだい。アリィ。

 登城日の朝食がいつもよりなお素晴らしいのは、王室より公爵家の味が恋しくなって夕食までにアリィが帰宅するようにするための策略に決まっているじゃないか。」


「は?」


「いや、何でもないよ。...あぁ、そろそろ出立の時間かな、僕の小さなお姫様。今日も早く帰っておいでね。」


「もちろん家族の夕食の時間に遅れないようには帰ってきますわ。ですが、私はまだ王太子妃ではないので姫ではありませんし、身長も160センチはありますから小さくもないですわよ、お兄様。」


 茶器をテーブルに置いて立ち上がり、私をエスコートするテオ兄様の手をとりながら、訝しげに私が言うと兄様はなぜか私の顔を間近で覗き込んでニコリと笑った。

 その後ろでエルケが「こ...シスコ...めが」と何やら小声で呟いていたけど、よく聞き取れない。


「おや、エルケ。お仕着せのポケットからなぜ糸切りバサミを取り出しているのかな?」


「それはもちろん、アリシアお嬢様に取り憑く害虫の首をいつでも1斬りして抹殺できるようにですわ。テオドール様。」


「食卓の窓は開いていないから、羽虫が入ることはないと思うけどね。」


「いえ、念には念をですわ。寄り付くのは羽虫だけとは限りません。私の大事なお嬢様に虫に喰われた痕がつくなど許してはならないことでありますから。」


「羽虫以外の虫か。君は本当に忠義に厚いね。」


「それほどでもありませんわ。」


 この2人ってこんなに仲良かったっけ?

 ふふふと笑い合う2人の目が何故か笑っていないのがちょっと気になるけど、お兄様と私の専属侍女であるエルケが仲が良いのは嬉しいことだわ。

 なんだか嬉しくなって私も一緒に微笑んでいるとエントランスの扉の向こうに馬車が止まる音が聞こえた。


 使用人達が両扉を開き、階段を降りると馬車の前にいた王室からの使者が挨拶の礼をとった。そして、私を馬車へとエスコートする。

 使者は警備を兼ねて御者と反対側である後方外側に乗るので、馬車の中にいるのは私と付き添いのエルケだけだ。


「それにしても珍しいですね。お嬢様が王太子妃教育を頑張る!なんて宣言するなんて。いつもなら朝食を食べながら「婚約破棄しなきゃ。婚約破棄しなきゃ。」と虚ろな顔をなさっていらっしゃるのに。とうとう観念なされたのですか?」


「んふふふふふふふ。」


「............。」


 私の含み笑いにエルケは何故か目を逸らし、御者台のほうに声をかける。


「御者様、アリシアお嬢様が頭がおかし、いえ頭が痛いそうなので、本日の登城は中止に......」


「ちょおおっと!エルケ。私の頭は正常よっ。それに、ここは『どうしたのですか、お嬢様?」と聞くところじゃないかしら?」


「馬車でお嬢様が笑い出した場合、ろくでもないことを考えていると相場が決まっていますので。」


「あ、あのねぇ!今回はろくでもなくはないわよ!

 ちゃんと考えてきたのだから。今度こそ頑張るわ。」


「何を?とは敢えて聞かないようにしておきます。」


 聞いていいのにと拗ねる私の横で、私の専属侍女は「関わらない関わらない」と王宮へと続く道の間中ずっと無表情で呟いていたのだった。

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