第32話
「あ......」
「学院に通ってるわけではないよな?女子はまだ生徒数が少ないからだいたいの顔はオレ知ってるんだ。」
試験的に作られた学院の女生徒の数はまだまだ少ない。それは平民の彼女達が実技を身につける必要がまだまだ少ないということと、学院を卒業するまで在籍すると嫁ぎ遅れてしまうのでは?との懸念から親が入学を拒むからだそうだ。
顎に手を当てて、ソラルが訝しげに頭を傾けた。
何か言い訳を考えなきゃいけないのに焦りからかうまく言葉が出てこない。
早く早く何か言わなきゃ私がただの平民ではないのではないのかと疑われてしまう...!
「えっと...」
「...チェラード先生の著書の写真見たんでしょ?...いくら真面目な顔して著者近影を魔道具で撮っても...先生の隠しきれない軽薄さが滲み出ているんじゃないの?」
しん、と静まり返ったその空気を突き破ったのは意外にも寡黙な青年フェルの一言だった。
いや、軽薄って仮にも王立国史学研究所所長に...身も蓋もないんですけど...。
「あー......。なるほど。確かにあの軽さはレンズ一枚通したぐらいじゃ誤魔化せねえわ。」
え?その線で納得しちゃう?
軽さって...。
研究所所長の上、一応あなた達の学院の教授だよね?
「アリィ...。」
「えっ。ひっ!?ちょっ、どうしたの?リオ怖い顔して......」
名前を呼ばれて振り返れば、リオが眉をピクピクさせて目を伏せていた。うっすらどころじゃない青筋が顳顬にくっきりと浮きあがっている。
さすがにリオにはバレてしまった?
どうしよう?すっごく怒ってる?
とっ、とにかく今まで身分を偽っていたことを謝ったほうが良いのかしら?
よしっ!こうなったら先手必勝!!
「リオ、黙っててごめ.......」
「アイツだけはやめとけっ!!」
「へ?」
「アリィがまさかアイツの著書のファンだったなんて...!
危なかった。著書本のサイン会なんてありでもしたら俺の大事なアリィが喰われてたじゃないか!いま気付けて止められて良かった!本当に良かった!」
良かった!とリオに両肩をガシッと掴まれがくがと前後にゆさぶられる。
そして、身分がバレなかった安堵とチャラい研究所所長のファンと勘違いされた複雑な気分の私は「あは、あはははは...。」と乾いた笑い声を上げたのだった。
◇
「よーし!誰もいないわね。」
フリックル男爵の書店の外に続く扉をそっと開けた。
あのあと、皆でお茶でもしない?とのソラルからの誘いを用事があるのでと全身全霊で断って、高速で欲しい本の会計を済ませると猛ダッシュで店の出口へとむかったのだ。
「ううう。お茶なんてとんでもないわっ。あれ以上一緒にいたらまたボロが出そう。危なかった!」
書店の扉を後ろ手にパタリと閉める。
「ひゃっ!?」
その瞬間、ぐいっと何者かに腕を掴まれ、私は小ぶりの馬車へと引き込まれてしまった。
「ぶふっ!?」
引っ張られた勢いで、ばふっと馬車の座席に置かれた大きなクッションに顔を突っ伏す。
「回収完了。あ、失礼。お迎えにあがりました。アリシアお嬢様。」
「いま、回収とか言わなかった?エルケ。」
馬車の対面座席の反対側に鎮座する平民服を纏った私の侍女が「言葉の綾です。」としれっとした顔で答える。
「主人をもうちょっと丁寧に扱おうとかは思わないのかなぁ」とぼやきながら、エルケの手を借り起き上がった私はその時まったく気付かなかったのよ。
ーーすでに走り出していたガーラント家のお忍び用馬車を書店の2階からじっと眺める2つの視線に。
◇ブックマークや☆評価で応援いただけたら嬉しいです(^^)。