第30話
「何か言ったか?」
「いや、残念な......、ううん、何でもないわ。それより、家業をとうとう継ぐことになったのね。」
「ああ。元々いつかは継ぐ気ではあったけど、いざ継ぐことが決定すると思ったより忙しくさてさ。......俺、卒業試験受けられないかもしれない。」
リオの言葉に腕の力が思わず緩んでしまい、胸に抱き締めていた本が、真下に落下した。
「おっと!危ない!」
床に落ちる寸前にリオがはっしと受け止める。
「なんで?あと少しなのに?あんなに、あんなに切望して入った学院じゃない?」
「アリィには今でもすごく感謝している。ウジウジしていた俺を焚き付けて俺の好きな分野の勉強ができる学院への入学を勧めてくれたから。
あの時、君に出会って君と知り合いにならなかったら、俺はいつまでも親父に隠れてコソコソと本屋に通い、好きなことを我慢して、ただただ部屋の隅でこっそり購入した趣味本を読んでいるだけの人間だっただろう。」
「だったら、なおさら!最後まで好きな勉強を貫き通したら?家業を継ぐまでの間だけでも......。」
「時間がないんだ。」
目を瞑り眉間に皺を寄せたリオが呟く。
「卒業試験を受けるための授業日数が足りなくてさ。試験を受けるためには学期末までに一定の授業日数を確保しなくちゃいけないんだけど、それが家業の引き継ぎなどでどう考えても足りない。」
リオの実家については私からあまり詳しく聞いたことはない。
話すと自分の実家についても話さなくてはならなくなり公爵令嬢であることのボロが出てしまいそうなのでお互いの家のことは話題としては避けていたのだ。
でも、幼い頃からの会話の端々から推察して、どうやらリオは大きな商家か民間組織の跡取り息子であるらしいことがわかっていた。
ーー『どうせ将来が決まっているなら、今は好きなことを勉強したらいいんじゃない?』ーー
幼い頃の私のこの一言で、彼は学院への進学を決めたのだ。もちろん親には頼れないから彼は入学試験を主席で突破して奨学生となり学費を奨学金でまかなっている。
「そっか...。どこかで、授業時間を作り出すために省ける部分はないのかしら?」
「基本的に執務系の仕事の引き継ぎは省けないかな」
「じゃあ、事務仕事以外は?」
「対人との交渉とか会合?も省きにくい、な。」
「学院以外は、家にいたらずっと仕事なの?」
「いや。そういう訳でもないけど...。週に一、ニ度だけ自由な時間がある。でもその日は......俺にとって...」
「俺にとって?」
急に口籠もったリオを不思議そうに私が見上げると、おでこにグイグイとさっきの本を両手で押し付けられた。
顔を背けるリオの顔が耳まで真っ赤だ。
「分かれよ!」
「へ?あぁー、もしかして...?」
もしかして、その自由な時間は恋人との時間とか?
リオはこんなにイケメンなんだもん。彼女がいたっておかしくはないわ。
そっか。最近会わなかったしその間にリオに恋人ができていてもおかしくない。
ん?
あれ?何でだろう?胸がチクリとする。
何で?
ハリネズミの再来?どうして?
私にはレオンハルト様という婚約者がいるじゃない。
あぁ。そっか。
ずっと仲良くしていた兄妹ような存在のリオが他の女性のものになってしまったことが私はきっと寂しいんだ。
でも大切な友人が幸せを掴んだのだ。応援して喜ばないといけないわ。
「俺はその時間を無くすぐらいなら、学院なんて...。」
「リオ!!」
「へ?な、なんだよ、アリィ、急に手なんか握ってきて?」
いまだに真っ赤な顔のリオを真剣に見つめて私は宣言した。
「陰ながら応援してるからね!!いや、むしろ日向でも応援しちゃう!!」
「は?」
アリィは学院のことはいつも応援してくれてるじゃん?何をいまさら、とリオが呟きながら首を傾げているが、きっと初めて彼女ができた照れ隠しなんだろう。
「でも、きっとその自由時間を共にしている人なら、あなたを大切に思っている人なら...、あなたが今したいことをしてもらいたいと思うんじゃないかな。本人にどうしたらいいか相談してみるのが1番かもね。」
うん。きっと。
その人はわかってくれるわ。
お久しぶりです。
ハイファンタジー小説のAnother Elementsのほうも半年ぶりに投稿したのでお知らせします(^^)。