クリスマスプレゼントを君に。⑩
次話で番外編完結します。
「ひっ、あ、え......っ。」
恐怖のあまり意味不明の言葉が口から出てしまう。
そして、ゆっくりと振り返った私は再び固まった。
「え......?推し?」
目の前に広がるのはフサフサとなびき、人々を魅了する白金黒のハーモニーが織りなす美しい毛並み(推しはミケ猫)。
神がこの世に創った最高傑作でもあろうかと思われる緑がかった黄金の瞳はまるで祝福を受けた宝石そのものだ。
その尊い推しが、その姿はまさに猫なのに、両後ろ足で立ち上ってこちらを見ているなんてえぇっ!!そして、そして、今私に話しかけてくれているなんてえぇぇぇぇ!!
「ああああ...!!推しが!!推しが喋っておりますぞ!!推しが......っ!!はっ!?ま、まさか無意識に私が操術を......?いやいや、私は魔法は使ってはおらぬぞ!つまりこれは、これは......!
日々頑張っている私に天からご褒美♡ということか!!」
「な訳が無かろう。」
「む。やけに冷徹ボイスでありますな。私の推しのイメージボイスはもう少し......」
「相変わらずだな。トリクシー。
猫人形に気を取られて、王族の私でさえ見えぬとはな。」
「............。」
推しがおかしい。
我が推しはパティスリーに勤めるイケ猫(メーカー設定)であって、決して王族ではない。
推しは私のことはトリクシーとは呼ばない。(そもそも人間語は喋らない)脳内では、ビーアちゃんと呼......以下自粛。
そして、私のことをビーアではなくトリクシーの愛称で呼ぶ人間はこの世にただ1人である。
嫌な予感にギギギ...と視線をあげるとそこには冬の海のように冷たく深い青の瞳がこちらを直視していた。
「............アルフォンス殿下におかれては、ご機嫌麗しく拝し奉り、恐悦至極に思いますのであります。」
そう、目の前にいたのはこの国の第一王子アルフォンスだった。
今までの無礼をなかったことにしようと自分史上最速の動きで最敬礼したが、目の前の銀髪の美形はさらにその瞳を細め冷気を放つ。
「機嫌良く見えるか?」
「以前お会いした時よりは。」
実はあの噴水事故のあった日のあと、私はちょくちょくと王宮に呼ばれるようになっていた。
あの日私をいじめた少年たちは第一王子の遊び相手として王宮に呼ばれていた貴族の子息たちだったらしく、噴水が壊れ第一王子の機嫌を損ねたため城から追い出されたらしい。そのかわりに何故か私が殿下の遊び相手に認定された。(そもそも噴水は第一王子が魔法で壊したのでは?と王宮に呼ばれた際に周囲に言ったが無言を貫かれた)
あの噴水の日から彼の遊び友達とされた私は王宮に呼ばれ、本来なら屋敷に引きこもって人形達と過ごすはずの時間をアルフォンス殿下のために費やさなくてはならなくなったのだった。
もちろん両親に断ってもらうよう頼んだが、王命であるとのことで普段は私に甘い両親でさえ首を縦に振ることはなかった。
幼少期のアルフォンス殿下は、今と変わらず趣味である魔法史学や国史学に没頭していて、私が登城してもひたすらデスクで書物を読んだり書き物をしており、私に一瞥もくれない。
私がここにいる意味はあるのか?と思ったが、そっちがその気ならこっちも好きにさせてもらおうと私は屋敷の人形達を大量に持ち込んで部屋の片隅でひたすら妄想にふけるという有意義な時間を作り出すことに成功した。
それに王宮にいれば、自分の両親と時折会えるという嬉しいオマケまであったから我慢できたのだ。
しかし、だ。はっきり言おう。
私は陽キャと並ぶほど苦手なのが、この第一王子のような我が道を行くタイプだ。
常に周りの視線を気にして生きている私にとって、このタイプは自分と真逆すぎて畏怖を感じ、同じ空気を吸うことすら本来なら困難なはずの存在なのだ。
アルフォンス殿下が成長し、遊び相手の役ははずされたが、その後も数年間は王宮の催しに訪れた際に王族席から感じる冷たい視線に恐怖で慄いていた。
あぁ...ヒクヒクと引き攣る笑顔が限界だ。
早くこの場を去ってくれ。
震えながら彼を見やると、アルフォンス殿下は私の推しを片手で抱えるように持って立っていた。特大サイズのそのニャン人形になんだか見覚えがあると思ったらどうやら先程展示スペースに置かれていたものとおなじもののようだ。
殿下が推しの首をもつように抱えているので、まるで推しが雪の中に立っているかのように錯覚したのか。
いや、待て、王族といえど推しの首になんて持ち方を...!?
思わず殿下の片腕をガシッと掴んでしまう。
「!?」
「あっ......。」
私の唐突な行動に、珍しく見開かれた青い瞳に自分がしたことの不敬に気づきパッと手を離そうとした。
しかし、何故か今度はアルフォンス殿下の推しを抱えていない方の手が私の手首を掴み引き寄せられた。