第4話
高級ブティックの中は洗練された流行最先端のドレスやワンピース、宝飾品がズラリと並んでいた。
身分の高い貴族たちは、わざわざ店に足を運ばなくとも店の方から新作のドレスだの宝飾品だのを屋敷に持って売り込みにきてくれる。
だから私もこの店の商品は買ったことがあるが、実際に店の中に入るのは実は初めての経験だった。
さすが人気店だ。広い店の中はデートの途中に立ち寄ったような若いカップル達や彼女にプレゼントでも探しに来たのだろうと思われる身なりの良い男性達で賑わっていた。
「まあぁぁぁぁ、アリシア様ではございませんか!」
店の奥から甲高い声がしてそちらを振り向くとガーラント公爵家で贔屓にしているデザイナーのポトナスが豪奢な黒いワンピースを着た巨体をクネクネと振りながら小走りにやってきた。
「マダム・ポトナス、お久しぶりね」
ちなみにポトナスは男性である。
「お久しぶりでございますわ。本日はどのようなご用件で?お申し付けくださったなら公爵邸までお品をお持ち致しましたのに!」
「今日はお店に直接来たかったのよ。私のドレスの件で」
私がそう言うと、マダム・ポトナスは風が起こりそうなバッサバサの付け睫に囲まれた小さな目を最大限に見開いて口元に片手を当てた。
「まあ、まあ、まあぁぁっ!レオンハルト殿下からご用命いただいているあのドレス達の件ですね!」
「そうそう!そのドレス......ん?ドレス達?」
なぜ複数形?
あぁ、興奮しすぎたから言い間違いですわね。
マダム・ポトナスは相変わらず常にテンションが高い方だから。
「それではすぐにご用意致しますわ!愛しい恋人がお嬢様のためにご用意されたドレスが気になるお気持ちとおーってもわかりますわよ!
あぁっ、では、V I Pルームへとご案内させていただきますわねっ。ちょおっとそこのあなた!ガーラント公爵令嬢様を奥にご案内なさいっ」
近くにいた店員に私達の案内を任せると、マダム・ポトナスは再び巨体を揺らしながら上機嫌でストックルームへと消えて行ったのだった。
◇
「お嬢様、なんだかんだ仰って実はレオンハルト様の購入してくださったドレスが気になってらしたのですか...」
V I Pルームの革張りのソファーに座り、エルケが感心したように頷いている。
私とエルケは今、店員が持ってきてくれた美味しいマンゴージュースを飲みながら、マダム・ポトナスがドレスを用意してくれるのを待っていた。
「まさか!」
私は眉を寄せて答えると、先程馬車の中で見せた月刊誌をエルケに見せる。
「読んでみて。ここになんて書いてある?」
「は?え、えーっと、『彼と仲良くなりたいなら彼の瞳や髪の色にドレスの色を合わせること』...と書いてありますね」
「そう!そして、こっちにはなんて書いてある?」
「『いま流行のプリンセスラインで華やかさを演出すれば、彼の瞳はあなたに釘付け♡』......お嬢様、なんだかわたくし読んでて恥ずかしいです」
「ミッションのためよ!少々の恥は我慢よ、我慢。私だってこの雑誌を子爵令嬢から借りるとき穴に顔突っ込みそうなほど恥ずかしかった......いえ、そんなことは今はどうでもいいのよ」
「わざわざ子爵令嬢様からお借りしたのですか...」
呆れ顔のエルケの横で私は拳を握りすっくと立ち上がった。
「この雑誌に書いてあることは、意中の人、もしくは恋人に自分を売り込む方法なのよ!」
「アリシアお嬢様、もう少しオブラートに包みません?自分を好きになってもらう方法とか」
「と、とにかく!この雑誌に書いてある反対の事をすればどうなるかわかるわよね?」
「お嬢様、まさか...」
とてつもなく嫌そうな顔をするエルケに私は堂々と言い放った。
「ミッションその①!
殿下の好みと真反対のドレス、そして流行遅れのドレスを着用して、こんなセンスのない令嬢は国の次期ファーストレディになんてできないと殿下及び周囲にひしひしと思わせるのよ!」
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