クリスマスプレゼントを君に。③
ああ...私の伸ばした手の先には貴方がいるというのに。
こんなに近くにいるのに貴方は別の人のものになると言うのか。
もしも、もしも貴方がこの手に入るなら、ただひたすらに抱きしめて貴方を甘やかし、その柔らかい髪をなで、一生私の部屋から出さずに貴方を閉じ込め何よりも大事にすると誓う。(貴方=ニャン人形)
だから、だから、どうか...っ
販売ブースに全速力で駆け寄る。
途中、群衆の熱気に気分が悪く吐きそうになるがなんとか堪え、震える足を前に前にと繰り出した。
しかし、私が販売ブースに着くより早く、フードを被った同志達がニャン人形が置かれたテーブルに辿り着いた。
日頃本ばかり読んでいるせいで体力、運動能力のない自分をこれほど悔やんだことはない。
陳列されたニャン人形に同志達の手が次々と伸びていく。
「ま、間に合わなかった......っ!」
ギュッと目を瞑ったその時
『ビーア様あああぁぁぁぁっ!!』
訓練場に響き渡るほどの大声で誰かが私の名を呼んだのだ。
振り返ると暴風に白金の髪をなびかせながら目を見張るような美貌の騎士が自分を目掛けてすごい速度で駆け寄ってくるのが見えた。
「ひっ!?ひいいいいぃぃっ!!?シャル殿おおぉ!?」
な、何事っ!?
『見ていただけたか!?先程の勇姿を!!我が友が望むならばさらに一面を血の海に...』
「しなくてよいでありますぞぉっ!!」
しかも狂剣士モードじゃないかあぁっ!さっきの一際高い歓声はシャル殿が模範試合に登場した際の声だったのか!
「ちょっ!ちょっと待つのでありますぞ!そのままこちらに突進されれば、シャル殿の爆風で小柄な私など吹き飛んで......」
そこまで言葉を発したとき、走るシャル殿の肩を後ろからガシッと掴んだ者がいた。ストロベリーブロンドの髪を持つ大柄な騎士だ。
「おい!こら!止まれ、シャルロッテ!」
『邪魔をするな、ハインリヒ!......ん、ああ、そうか。そうか。貴様、我が剣の元に塵となりたいのだなっ!はーっはっは。良かろう。来いっ!』
ガキィィーーン!
シャル殿の剣を受け止めたのはアリィ殿の従兄弟であるハインリヒ・フォン・ブリスタス公爵令息だった。
「おまっ......!こんな観客だらけの場所で剣を振るうな!......っと、おいっ、そこの第五騎士団のビビりまくってる奴ら!さっさとお前たちの団長呼んでこいっ!シャルロッテを止めろっ!」
ハインリヒ殿は、ガンガンと剣を打ちつけてくるシャル殿を鞘のついたままの剣で制しながら周囲でオロオロとしている若手騎士達を怒鳴りつける。
なんだか大変な騒ぎになってしまった。
先程私めがけて突進してきていたシャル殿は、今は完全に理性を飛ばしたのか目の前の戦闘に夢中になっていて、すっかり私は目に入っていないようだ。
周囲を見渡すと観客達は間近で見れる麗しい女騎士と華やかな騎士の剣技に釘付けになっていた。ある者は顔を赤らめ、ある者は感激により目に涙を溜め、皆微動だにせず目の前の光景を見つめている。
そして販売ブースを振り向けば、観客達と同じように同志達がフード奥の目を見開いてシャル殿とハインリヒ殿を見つめていた。中には騎士2人のあまりの神々しさにあてられ倒れている者もいるようだ。
はっとしてニャン人形が並べられていたテーブルを見れば、まだ誰にも購入されていない人形が3体残っている。恐らく生の騎士を近くで見てしまい卒倒した者達が購入不能になり戦線離脱したため残っていたのだろう。
「神よ!」
普段はお祈りすらしない私だがこの時ばかりはこの国の創設者で初代の王であると言われる海の神に感謝をした。
いや、この場合シャル殿に感謝すべきなのだろうか。ちらりとシャル殿を見たが完全に血走った目をした彼女と目を合わせてはならない気がしてすぐに目を逸らす。
うむ。シャル殿が正気に戻ったあとで感謝の意を表わそう。そうしよう。
販売ブースに残ったニャン人形のうちの一体を両手で掬うように持ち上げた私は、周りと同じように惚けているレジ係に声をかけた。
「謹んで迎えさせていただきますぞ」
こうして無事に私は限定騎士団コスニャン人形を手に入れたのだった。
そう、ここまでは無事に。
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