第28話
◇ここから第二章のような感じです。章分けはしてませんが...。
ーー書物という物は、語り継がれた御伽話、物を作るための説明書や指導書、魔法の使い方を記した魔導書、様々な分野の世の研究者や知識人達が知識を詰め込んだ教科書、そして図鑑に小説...などいろいろな種類がある。
ーーそして、まるで元から定められた出会いかのように、自分に必要な内容の書物が、必要な時を見計らったかのように自分の前に現れるのだ。
そう教えてくれたのは、
「店長ー。ヨルク店長!」
私は目の前のカウンターで右目に片眼鏡をかけ書類に目を通している初老の男に声をかけた。
「店長ーーー?」
何度も声をかけているのに書類に集中しているのかまったくこちらに気づかない。
うーん。こうなったら...!
「ヨルク店長おおぉぉぉぉおおおっ!!」
「うわあぁっ!!?」
ありったけの私の声に盛大に驚いた彼...ヨルク店長は見ていた書類達をすっ飛ばし、2メートル程先を歩いていた若い男性店員に彼の持っていた書類が降り注いだ。
「店長〰︎〰︎〰︎〰︎!?」
「す、すまない。ミラット君。」
「ミラットではありません。ミラートですっ。店長!」
「す、すまない。ミラトー君。」
「...............ミラートです。」
男性店員はかき集めた書類をヨルク店長に手渡すと「ほんとに店長はもうっ」とぶつくさ呟きながら隣の書庫に入っていった。
「あらまあ、ごめんあそばせ」
おほほと笑いながら私が歩み寄るとヨルク店長はやっと私に気づいたのか、少しびっくりした顔をした後柔和に微笑んだ。
「いや、こちらこそ失礼。来ていたんだね。アリィ。
男はどうも事務仕事をやりだすと周りが見えなくなるね。すまない。」
「たしかに私の父も仕事をしていると母が持っていった休憩用のお菓子を食べるのも忘れて没頭してますね。あぁ、でも......」
テオドール兄様は私が彼の執務室に行くと仕事中でもドア三歩手前ほどで必ず中から扉を開け、にこやかな笑顔で迎えてくれるけどなぁ。
「君の兄さんのことを考えているのなら、あれは特例だ。この店を立ち上げた際に、彼にここで仕事を手伝ってもらったこともあるが、当時幼かった君が遠く離れた自宅で泣き出した気配を察知して家まで馬車を走らせて帰るほどの男だ。ここから君の家までどれだけの距離があると思う?」
「兄様は耳がとてもよろしいのですね」
知らなかったわ。さすがテオ兄様。
「私はそういうことを言いたいのではないのだが...。まぁ、いいか。それに君の兄ほどではないが、2つのことを同時にできる器用な男もいることはいるから、まぁ、男だから女だからと一概に決めてはいけないかもしれないね。」
「大抵の男の人は集中すると周りが見えなくなるものなのかしら?」
「そういうタイプの男は多いかもね。脳の作りが女性とは違うともいわれている。女性のほうが沢山のことを同時に行う能力に長けているそうだよ。
......それより今日は何か探している本があって来たのかい?」
「ええ。『美しく書き美しく別れる婚約破棄証明書の綴り方』の続刊が今週発売と聞いて購入しに来ましたの」
「はは。またその類の本とは。君の婚約者もなかなかスリリングな婚約相手を選んだよね。新刊ならさっきすでにミラット君が棚に並べていたようだから、見ておいで。」
にっこりと笑う店長は簡素な襟シャツに焦げ茶色のエプロン、濃紺のズボンに皮の靴という至って普通の衣服を身につけている。一見ただの書店の店長が、なぜ私に婚約者がいることを知っているのか。
それは、この人こそが、何を隠そうこの店を創設した貴族であるフリックル男爵その人だからだ。
イエルク・フリックル男爵。
愛妻が若くして亡くなった後、趣味の本を集め出し街に書店まで開いてしまった読者好きの穏やかな紳士だ。たまにこうして店長として店頭にたっているが、ここで働く店員ですら彼がこの店のオーナーであるフリックル男爵本人だとは知らないのである。まぁ、確かにまさか貴族が街中の書店でレジ打ってるとは誰も思わないだろうな。
目的の本の棚に向かうため踵を返した私はふと思いついてフリックル男爵......、ヨルク店長を振り返った。
「ねぇ。店長。私の必要としている本はなかなか見つからないわ。必要なときに自分に必要な本に出会えるというあなたの言葉を信じているのに。」
私の質問に店長は、おや?と眉をあげ目を見開いてから、まるで眩しいものを見るかのように目を細めた。
「見つからないというのは、まだその時じゃないってことなのかもしれないね。」
まだその時じゃない?
私はこんなに婚約破棄するための方法を必要としているのに?
なんだか納得がいかないけれど、まだまだ私の想いが本気になれていないってことなのかな。それもそうだ。なんて言ったってレオンハルト様は前世の私の推しだったのだ。会う度に心が揺らいでしまっているのかもしれない。
なんとかしなくては。いや、なんとかするためにここに来たんだ。気を取り直して頑張らなくては!
顔を上げた私は目的の棚に向かって再び歩みを進めたのだった。
◇翡翠の小説好きだよーと思ってくださった方、ブックマークや☆評価(↓にスクロールして広告下にある☆☆☆☆☆です)いただけたら執筆頑張れます(^^)。