第27話
◇◇
「ほんとにここに寄ってから帰るのでありますかな?」
ビーア様が心配そうな瞳で私を見た。
ロナポワレ家の馬車が停車したのは書店や文具店が並ぶ文教通り。
「ええ。急を要する成さねばならないことを思い出したのです。私を気にせずビーア様は明日のニャンイベントのためにも先にお帰りくださいませ。それに...。」
私はロナポワレ家の馬車を停めてもらった店の看板を見あげる。
「ビーア様もご存知でしょう?この書店はフリックル男爵の営む店です。一見、街に馴染んだ庶民的な雰囲気の店ですがセキュリティは万全ですわ。」
「そうですな。しかしやはり帰りが心配であります。ユリアンにガーラント公爵家まで馬車の手配の伝達をさせましょうぞ。」
「ありがとう。ビーア様。それにユリアンさんも。」
「アリィ様はお嬢様の大切なご友人です。これぐらい当然のことですよ。」
にこりと笑うユリアンさんは、馬車から降りる私をエスコートするように手を取ると店の入り口までついてきてくれた。
ビーア様が馬車の窓から手を振る。
ちなみにシャル様は第5騎士団の騎士達が10人がかりでフラナン伯爵邸までひきずっていったのだった。途中何度も爆風を吹き散らし、さらには第5騎士団の皆さんまで吹き飛ばしながら。
「アリィ殿、先程の親子の件ですがな!」
ウィッグを取り窓から顔を出したビーア様のピンクの髪が走り出した馬車の風に揺れる。
「衣服などは端々は凍りついておったが、本人達は傷一つなかったのだ。気に病むことではありませぬぞ!」
店に入ろうとした私はごくんと喉を鳴らし一瞬間を置いたあとビーア様を振り返った。
「ありがとう」
...間を置いたのは、泣き出しそうな私の顔を彼女に見られてしまうと思ったから。
表情をコントロールする時間がほしかった。
でも、きっと今も私は情け無い顔をしているんだろな。
今の私はバッドエンドの未来を恐れて、魔法一つ発動させることができない。
第5騎士団の人達が来るのがあと少し遅かったならあの親子と私は氷漬けになって命を落としていたかもしれないんだ。
「...............。」
ッパアアァァァン!!
「お、お客さん!?」
急に平手で自分の両頬を打った私に書店の扉付近にいた店員が慄く。
「あら、驚かせてしまいましたわね。失礼。ちょっと気合をいれてみましたの」
「き、気合?えと、その、大丈夫ですか?頰腫れてますよ...?」
あまり関わりたくなさそうな表情で聞く店員に「大丈夫ですわ」と答え、私は目的の物がある店の棚までしっかりとした足取りで向かった。
ドシドシと令嬢にあるまじき歩き方だが、町娘の格好をした私なので、周りの客は特に気にすることもなく本を選んでいる。
「未来がこわい?悪役令嬢になりたくなくて魔法が使えない?冗談じゃないわ。早く殿下に婚約破棄してもらって心の平穏を手に入れなきゃ!
次こそ......次こそ必ず婚約破棄してもらうんだから!!」
ズラリと並んだ書物を前に私は鼻息荒く宣言したのだった。
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