第22話
「テーブルクロスから片手を出して上にある食事を掴んでいたらやたら周りが騒がしくなってですな。キャーキャーうるさいので騒がれる度にテーブルを変えておったのであります。それにしても、これしきのことで騒ぐとは紳士淑女としての教育がなっとらんですな。」
いや、急にテーブル下から手が出てきたら誰だって悲鳴をあげると思いますわよ...。
「例のテーブル下の魔物騒ぎは、ビーア様でしたのね。」
「ふあっ!?シャル様いつのまに帰還っ!?」
「つい、先程。
あの日、やたらすばしっこい生白い手のような物を生やす魔物がテーブルあたりから出現するとパーティーの警備班から報告があったのですよ。
ですが動きが早すぎて捕らえることができなかったと警備班にいた同僚が悔しがっていました。」
「手のようなものというか、ほんとに私の手でありますな」
両手のひらを広げてぐへへと首をすくめる美少女にシャル様は半目になって呆れる。
「ビーア様、お戯れもそこまでに。あのテーブルから出る手のせいでブリスタス公爵邸の七不思議が八不思議にふえてしまったとハインリヒが嘆いていましたよ。」
「すでに7つあるなら1つぐらい増えても良いではありませぬか。」
そーいう問題ではないような...。というか、ハインツ従兄様のお母さまのために建てられたタウンハウスはわりと新しい屋敷なのにすでに7つも不思議があったのかい。
「それに、あんなに人が集まる場所に行くなど私にはちとハードルが高すぎましてな。あぁ、あの入場時の人を値踏みするようなねっとりした周りの視線...。ひいぃぃ。あな恐ろしや。あな恐ろしや。」
ガーデンパーティーの日のことを思い出したのかビーア様が両腕を抱きしめてぶるるっと肩を震わせた。
「私のために頑張って来てくれたのですね。ありがとうビーア様。そしてシャル様も。
それにしても、ほんとにビーア様は、人の集まる場所が苦手なのですね。」
「アリィ殿!世の中で1番恐ろしいものは人間ですぞっ。魔物のほうがまだ本能に素直で可愛らしい。何を考えているかわからぬ人間のあのまとわりつくような視線!それがしかも集団で...!はひいいぃっ。」
自分で話していて恐ろしくなったのか、椅子に座ったまま青ざめて横に倒れるビーア様をシャル様がはっしと片手で受け止める。窓の向こうで通りのべンチに腰掛ける初老の男性がかぶっていたハンチング帽を片手で持ち上げてシャル様に会釈した。変装したユリアンさんだ。
ユリアンさんは執事服ではなく、町人の格好をしてはいるが女性客で溢れ返る女の子向けのカフェに居ると目立ってしまうので、いまは外で待機中なのだ。
「そんなに人嫌いなのに、何故このような女性用の社交雑誌を読んでいるのですか?」
私は前回お借りした雑誌...月刊OJOSAMAを取り出してビーア様にお礼を言ってお返しする。
たしかに時折りビーア様の好きそうな猫グッズなども載ってはいるが、基本この雑誌の内容は若い男女の恋愛指南だ。恋する乙女への男性受けする最先端のファッションや社交術が掲載されていて、恋愛どころか他人に話しかけられただけで恐怖のあまり魔法を暴発しそうになるビーア様が好んで読むとは思えなかった。
「それはもちろん推しのためでありますぞ!!」
「「推し??」」
顔色が戻ったビーア様は高らかに宣言するとガタンと椅子の音を立てて立ち上がった。
「推しニャンのイベントに赴く我らがダサい格好をしていては推しに面目が立たないではありませぬかっ!!最先端の流行を取り入れつつ推しを引き立て、且つ目立ちすぎない格好!!
さらには推しに微少でも愛され推しの視線を一瞬でも釘付けにできたなら...はうあ......!」
今度は鼻血を噴き出しながら赤い顔で横に倒れるビーア様をシャル様が再びはっしと受け止める。
ちなみにビーア様の言う推しとは、三毛猫のニャン人形である。もう一度言う。人形である。
「「「きゃあああああ!!!」」」
その時だった。耳をつんざくような女性たちの悲鳴が響き渡った。
「あぁ、またシャル様にのぼせた方達かしら。シャル様の人気もすごいですわよね。また外で黄色い悲鳴が...。」
彼女といると何度もこんなシーンに合うので慣れてしまい、顔を向けるつもりもなく紅茶を口に含もうとカップを持ち上げた私は、はたとその手を止めた。
「外......?」
「アリィ殿。シャル殿は店内にいますぞ」
ハンカチで鼻血を拭きつつビーア様は眉を寄せ窓の向こうを見た。
その瞬間、シャル様は呪文を唱え何もない空間から騎士剣を出現させると一目散に外へと駆け出して行ったのだった。
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