第20話
店中に響き渡る女性達の悲鳴に私とビーア様がぎょっとしていると、店の奥から長身の美形が微笑を携えて歩いてきた。
まっすぐ前を見据えた赤茶色の瞳にかかった前髪を自然に片手でかき上げるとそのしぐさだけで、美形の両脇にいた女性客が「きゃあああ♡」と顔を真っ赤にして腰がくだけたように陳列棚に寄りかかってしまう。
「アリィ様!ビーア様!」
美形は私達を見つけると小走りにこちらへとやってきた。
「くっ、来るでない!シャル殿!我らを見る周囲の女性達の視線が痛すぎますぞっ!ひいっ!!私はまだ死にたくはないっ!」
「えぇっ!?何を言ってるのですか、ビーア様?」
周囲の女性達のハートな瞳に気づいていないのか、奥の試着室から出てきた長身美形、つまりシャル様は優雅に小首を傾げて私達の前で立ち止まった。
シャル様のその仕草を見た商品整理をしていた女性店員が真っ赤な顔で「うっ!」と心臓を抑えて呻き倒れてしまう。
もらい事故だな。
「そんなことより、見てください。欲しかった服を試着してみたのです。従来のドレスのようなコルセットの締め付けもなく、すごく動きやすい!」
シャル様はさっきまで着ていた町娘風のワンピースから着替え、濃紺の長めのチュニックのような上衣に同色の濃紺のタイツを履いていた。首回りや袖口には金刺繍がついている上品なデザインでシャル様の整った顔にとても良く似合っている。
チュニックは例の改造ドレスを参考に作られたようで、胸元で切り替えがあり腰回りはシャル様の言ったように締め付けがない。
すらりとした長身にウィッグの濃い栗色の長い髪を無造作に束ね、マニッシュな濃紺の上下を着たシャル様はまるで男装の麗人だ。
ひとしきり新しい服の嬉しさを語ったあと、あれ?という顔でシャル様が周りを見渡した。
「なにやら人が赤い顔で倒れていますね。店内の温度が暑いのでしょうか...?」
「はは...。ビーア様は青い顔で倒れていますけどね」
人に注目されることの苦手なビーア様は、シャル様の周りにいる女性達の嫉妬と羨望の射るような視線に耐えられずバタンと後ろに倒れてしまっていたのだった。
すかさず頭を打ちつけないように支えた家老ユリアンさんはさすがである。
◇
それぞれの目的のものを買い物し、私達3人は先程の衣料店から通りを挟んで向かい側にあるカフェでお茶をすることにした。店の扉をくぐると紅茶と焼き菓子の良い香りが店中に漂っていた。
「紅茶はこの店のオリジナルブレンドを3つ。あとは...。」
シャル様が注文を受けにきた若い男性店員に私達の分まで伝えてくれる。
「は、はい...!こっ紅茶を3名分とケーキ2つと...あの、そのっ」
店員は座席についたシャル様から涼しげな瞳で見上げられると、真っ赤な顔でしどろもどろになりながら注文を受け熱に浮かされたようにふらふらしながら厨房へと入って行った。途中、柱にぶつかったような気がしたが大丈夫だろうか。
うーん、男女ともに骨抜きにしてしまうとはシャル様の美貌はさすがである。
そんなシャル様は先程購入した濃紺上下の服がいたく気に入ったようで会計を済ましたあとも着替えることなくその服を身につけて上機嫌だ。
「それにしても、テオドール殿の作らせた展示用のドレスは、本物と変わらぬほどの出来栄えでしたな。あの日のアリィ殿の姿はいつにもまして美しかったでありますぞ。」
大分顔色が戻ったビーア様はそう言うと、グラスに入った水をコクコクと飲み干した。
シャル様がビーア様の言葉にうんうんと頷く。
「あの日のって...?もしかしてビーア様もシャル様もブリスタス公爵邸のガーデンパーティーにいらしていたのですか?だったら...。」
だったら、なぜ声をかけてくれなかったの?と言いかけて私は口をつぐんだ。
王族の血を引く公爵家のアリシアに公の場で気軽に声をかけれるのは同等の爵位や王宮でそれなりの地位についている者だけなのだ。
前世で身分制度のない暮らしをしていた私としては高位の者が話しかけなければ位の低いものは話してはならないという決まりが釈然としないのだが仕方がない。
「アリィ様」
はぁ、とため息をつき俯いた私にシャル様が口角を少し上げて瞳を覗き込む。
「あの日、我々はアリィ様の近くに行こうとしました。ただ、私もビーア様も思わぬことが起こってなかなか辿り着けなかったのです。」
「うむうむ。大切な友が同じ場にいるというのに挨拶もせずに知らぬふりをするわけがないのでありますぞ。」
「シャル様...!ビーア様...!」
2人の言葉に思わず心の中がじんとした。
目を見開いて感激する私にシャル様とビーア様はにっこりと微笑み返してくれたのだった。
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