第19話
◇
「アリィ殿、そんなに頭を壁に押し付けていると額が赤くなってしまいますぞ」
念願の猫模様ドレスパジャマを購入したビーア様が商品の入った紙袋を大事そうに抱きしめながら、衣装店の壁に頭を打ちつけて固まっている私の元へとやってきた。
「今までにこれほど逃げ場が欲しいと思ったことはなかったわ」
シャル様とビーア様とともに入ったお店は、マダム・ポトナスの店のような高級服飾店ではなく、いわゆる町娘達が普段着用に服を買いにくる低価格帯大量生産の店であった。
最新の流行を買い求めやすい価格でなおかつバラエティに富んだ品揃えのこの店は今までも何回かお忍びで買い物に来たことがある。
いつもなら沢山並んだ可愛い衣服や雑貨小物に心躍らせるところであるが、今日は店の扉を開けた瞬間、私は店の壁におでこを打ち付けるはめになってしまった。
ずらりと店頭に並んだ最新の流行服。
その商品達が私が以前ブリスタス公爵邸で着ていたドレスを参考に作られたものなのは、馬車の中でビーア様の持っていた雑誌で予想していたことなので、ある程度の覚悟はしていた。していたが......
「しかし、なかなかな人気ですな。アリィ様のドレスは。ほれ、魔法具士を雇って記念魔像撮影している娘達もいますぞ」
記念魔像撮影とは、紙などに魔法を使ってまるでその場を切り取ったかのような本物みたいな画像を描くことである。魔力を持ち撮影用の魔法具が使える魔法具士が小遣い稼ぎに副業としている場合が多い。
それは良い。観光地などでも魔法具士達が客相手に記念魔像撮影している姿はあちらこちらで見かける。
それは良いんだ。
それは良いんだが。
ちらりと横目で店の中央を見る。
今この店で若い娘達が群がり、魔法具士に自分達込みで撮影させている店の中央にあるガラスケースに入れられたものが問題なのだ。
ソレは曇り一つなく磨かれたガラスケースに大切に入れられ、下から魔道光でライトアップされていた。その周りで沢山の女性達が頬を紅潮させてソレを見つめている。
「まるで女神様のご衣装のようよね」
「ほんとに!私達平民がお会いすることはできないのはわかっているけど、このドレスを着たアリシア様を一目でいいから拝見したかったわ」
「もう!気持ちはわかるけど、公爵家のご令嬢に私達がお会いすることなんて一生ないわよ。レオンハルト様との婚礼パレードなら運が良ければ遠目でお会いできるかもしれないけど」
いや、めちゃくちゃ近くにいますよ。
お会いできてますよ。
「それにしても、ガーラント公爵令息テオドール様はほんとに心お優しい素敵な方だわ。アリシア様のドレスのレプリカを作って、町に住む私達のために展示してくださるなんて!」
......テオ兄様、あなたが犯人ですか。
しかもおそらく町の人のためではなく、たんに妹のドレスを見せびらかしたいお兄様自身のための自己満足と思われ、非常に申し訳ないです。はい。
「制作に半年はかかるドレスのレプリカをわずか数日で作るアリィ殿の兄上の執念には本当に感服致しますぞ。」
いやはや、すごい!とビーア様が私の横でため息をつく。
お兄様のその執念を国政に活かしてもらいたいと常々思っています。
まさかこのレプリカドレス、王都中に飾られていたりしないわよね?
いや、テオ兄様ならやりかねない。
恐ろしい発想をしてしまい、ちらりと展示ケースを横目で見ると、展示ケースのプレートに何やら文字が書かれている。
『最愛の妹、アリシアの衣装を飾れることを光栄に思う。
テオドール・フォン・ガーラント
No.17 王都、服飾街 』
私は再びごちんと壁に頭をぶつけてしまった。
No.17?
1から16までは確実に存在ナンデスネ?
「うぅ...頭が痛い」
「だから申したではありませぬか。壁に額をうちつけてはなりませんぞと」
「いえ、そうじゃなくて。違う意味で頭が痛いので...」
「「「きゃあああああ!!!」」」
くらくらする頭を片手で押さえながら、ビーア様に向き直った瞬間、店の奥のほうから女性達の悲鳴が聞こえたのだった。
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