ハッピーハロウィン!⑤
しまった!至近距離で会うつもりはなかったのに寝ていると思い油断していた!
うっ、と小さく呻く僕に視線をそらせと脳が警鐘を鳴らすが、本能が彼女の澄んだ瞳から目を逸らすことを許さない。
「......レオン、ハルト、様?」
見開いていた彼女の瞳が嬉しそうに細められる。
「君は...この姿でも私が、いや僕が誰だかすぐにわかるんだね」
アリシアは5歳の時に王子5人の婚約者候補のうちの1人として王宮に来た。
僕はその頃7歳で最初の顔合わせ時は顔を隠してはいなかったが、その後すぐに視力を失い眼鏡をかけ、前髪を長くして顔の半分を隠すようになった。
だから、名乗る前に、前髪を上げ眼鏡すらしていない僕の顔を一目見て、ましてや魔法で髪を伸ばし牙をはやした姿をレオンハルトであると言い当てた彼女に驚いたのだ。
彼女は幼い時の僕の顔しか知らないはず、それも10年も前ならその記憶さえあやふやなものであろうに。
すると、彼女はぼーっとした目でえへらと笑った。
「わかるよ...だっていつも...見ていた、もん。スマホの待ち受け、だって...レオン、ハルト様だったし...」
「すまほ?」
よくわからない理由を言うアリシアはどうやら寝ぼけているようだった。
「今日はヴァンパイアの...格好、なんだ、ね。イベのぉ、仮面、舞踏会のときのぉ、スチル、みたい、に格好良い...。あれぇ。夢にしてはぁ、やけに、しっかり...感覚が、あるなぁ...。」
僕の頬に手を伸ばしペタペタと触ると不思議そうな顔をする。
「アリシア」
「......んん??」
「そんなことを僕にしてどうなるかわかってる?」
「えぇ...?やっぱり、バッド、エンドにぃ?は、やく婚約破棄しなきゃ......んっ」
僕はアリシアが言い終わる前に、彼女が僕の頬から引こうとした手を掴み、ぐいと自分に引き寄せるとテーブルの皿に乗っていた最後の1枚らしきカボチャ型の
クッキーを彼女の愛らしい口に挟ませた。
「夢の中までも、君はその言葉を言うのかい?」
決して夢ではないけれど、急いで公務を終わらせて会いにきた今日ぐらいはその言葉は聞きたくない。
アリシアは瞳をはっと見開くとふるふると首を振る。
「ねぇ、アリシア。僕にもお菓子をくれる?
うん。わかってる。最後の一枚だったんだよね?それ。だったら...こうしたらいい」
僕はアリシアの後頭部にそっと手を置いて固定すると彼女の顔に自分の顔を近づけ、サクッと彼女の唇に挟まれているクッキーの半分を口に含んだ。
「〰︎〰︎〰︎〰︎〰︎???」
真っ赤になり半分になったクッキーを口から落としそうになるアリシアの口元に手を伸ばし、指でクッキーを押し込んであげると、彼女はごくんとそれを飲み込んだ。
「あう、あ、あう、あわっ...こっ、これは夢?私なんて夢を...!!」
両手で顔を覆い再びテーブルに突っ伏してしまう。
そして一瞬考えこむように動かなくなった彼女がぽそりと呟いた。
「......あぁ、でも、夢なら、言って...いいの、かな」
「アリシア?」
顔を上げたアリシアの瞳が切なげに潤む。
「本、当は、婚約、破棄なんて、したくない。
大好き、なの。レオンハルトさ、ま...。ずっと、前、か...ら......。」
その瞬間カタンと彼女の力が抜け、僕は慌てて腕を彼女の首下に挟み込みテーブルに額を打ち付けるのを防いだ。どうやら言い終わった途端アリシアは再び眠りの世界へと落ちていったようだった。
「君って人は......。」
ふっと息を吐き、あたりを見渡すと扉の横にビロード生地の貼ったカウチソファーが置いてある。
アリシアを抱き抱えその場所へと寝かせようと近づくと扉に何やらメモ書きが貼ってあった。
『婚前です。』
「はは...君の侍女はどれだけ優秀な侍女なんだ」
主人を心配してメモ書きを残していった用意周到さに思わず笑いが込み上げる。
「わかっているよ。何もしない。でも、そうだね。今日はハロウィンだから、これぐらいの悪戯はいいだろう?」
trick or treat
すやすやと眠るハニーブロンドの可愛い黒耳猫をゆっくりとソファーに横たえると僕は彼女の首元に牙をあてる。
どうか、この所有印が永遠に消えず、彼女が僕から離れていかないようにと願いを込めて...。
〈ハッピーハロウィン! 完〉
◇翡翠の小説好きだよーと思ってくださった方、ブックマークや☆評価いただけたら執筆頑張れます。
◇が、がんばったよ!ハロウィン番外編完結したよ...ホッ( ;∀;)