第123話 ≪エルケ
◇◇
はらはらと花びらが舞う。
周囲を優しく駆け回る風は花びらとともに花々の香りと甘い菓子の匂いをも周囲一帯に漂わせた。
白地に金の唐草模様の縁取りがついたテーブルクロスが敷かれたアイアンテーブルの上には、芸術作品のように美しい菓子たちが所狭しと並んでいる。
王宮調理師達が腕によりをかけて作り上げたその素晴らしい菓子達は、ただ1人の少女のために国王の命により作られたものなのだろう。
そう、今わたしの目の前に優雅に座る金の髪の少女のために。そして、それは、ゆくゆくは国の繁栄につながると見越して......。というのは見せかけで、あの親バカ合戦を目の前にした後では、たんに溺愛する息子の気になる令嬢とのはじめての茶会に全力を尽くしただけのような気もするけれど。
ーーそう今わたしは王宮の庭園にいる。
王宮の『響海の間』で行われたパーティーの翌日、ガーラント公爵家のタウンハウスに王宮庭園での茶会への招待状が届いた。
差し出し人は第3王子レオンハルト殿下。
そして、招待されたのはもちろんアリシア嬢。
公爵は頭を抱え、テオドールはもちろん大反対したが、王族からの誘いを無下にすることなどできない。
顔色が真っ青になったり真っ赤になったりするアリシア嬢をわたしは馬車に押し込み、とりあえず王宮へと着いたのだけど。
いや、もう、しかしながら、これは......
すでに半刻は立っているのでは?
最初に挨拶のみ交わしてから、まったくお二人は微動だにせず。
アイアンチェアにふかふかのクッションを敷き、そこにちょこんと座る第3王子レオンハルト様は、あわあわと視線を彷徨わせたまにちらっと目の前のアリシア嬢を見ては顔を真っ赤にしてまた目を逸らすことを繰り返し、そして対するアリシア嬢は、同じふかふかのクッションに座り完全に硬直し瞳孔が開いたまま、口元だけを何やらぶつぶつと呟き動かしている。
「尊スギテ恐レ多クテ網膜ガ何モ映セナイ」
「ナニコレ神?天使?全人類ノ頂上?」
「デモコレダメ。バッドエンドダメ。」
「デモ尊イ、愛デタイ、顔面サイキョー。」
風にのってかすかに何かの言葉が聞こえてくるがはっきり言って意味不明である。
さらには、第3王子の周りに、彼が無意識に魔法で作り出した氷塊や雪が彼の周りをぶんぶんぐるぐると飛び回り出した。
大人の使用人達は、何も見てません聞いてませんと仕事用の微笑を浮かべて2人から離れた場所にキリリと端に立っているが、わたしはさすがに小1時間立とうかという時には、王宮庭園に吹く心地よい風とふりそそぐ暖かな日差しに瞼が重くなってきていた。
このまま放っておくと日が暮れそうであるし、何より殿下の周りを飛び回っている氷塊と雪のせいで、庭園に咲く花に霜がつき、萎れてきたではないか。
何回目になろうかという紅茶の入れ替え時に、わたしはアリシア嬢にそっと耳打ちした。
「(お嬢様、出された菓子に一口も手をつけないのはマナー違反です。お嬢様のためだけに作られた菓子達なのでは?)」
わたしの言葉にハッとしたアリシア嬢が、目の前の菓子に視線を落とす。
そして、そっとアイスボックスクッキーを手に取ると、その小さな口に運び、サクリとクッキーの端を食べた。
「お、美味しい......。」
基本的に甘いものが好きなアリシア嬢であるから、その“美味しい″の一言は目の前の第3王子へ向けられた菓子への感謝や感想などではなく、たんにぽろっとこぼれた感嘆の一言だったのだろう。
しかし、その一言は彼、レオンハルト殿下には絶大であったようで、
ポンポンポンポンポン!!
殿下の周りを飛び回っていた氷塊がいっせいに氷の華へと姿を変え咲き誇ったのであった。