第121話 ≪エルケ
「...大丈夫か?アリシア?」
前に倒れかけたアリシア嬢を腕を取り肩を抱き寄せ支えたのは、ガーラント公爵令息テオドール・フォン・ガーラントだった。
チラリと斜め後ろから見えたテオドールの顔は明らかに今朝見たときより青ざめやつれている。この場に急ぐためにかなりの魔力を一気に消費し王家からの要求を片してきたのだろう。
テオドールはアリシア嬢の意識がしっかりあることを確認し安心したのか、彼女の肩を押しそっとわたしへと預けると、王へ跪き礼の姿勢をとる。
「ほう。さすがはローレンの息子だな。
あの仕事量をこの短時間で終えるとは。」
水飛沫の中からシーガーディアン王が顎に手を当てながら、感心したようにテオドールを見下ろした。
「ああ。そうです。私の息子は出来が良いので、あなたが私たち抜きでアリシアと会うために到底1人では太刀打ちできないような膨大な結界の編み込み作業も、無駄にためこんだ王宮の仕事までまでっ、全て終わらせてきたようですねっ。」
「言い方に棘があるぞ。ローレン。」
「棘どころか千本針を仕込んだつもりです。ツヴァイア。」
「おお、こわい。この私にそのような発言をすることを許しているのはそなただけだぞ。ローレンよ。」
おどけたふうに楽しげに笑う国王と、眉をあげて皮肉を言うガーラント公爵。
皮肉めいていても普段の公爵からは想像がつかないほどくだけた口調だからきっとそれほどまでに気を許している仲なのだろう。
「それはそれは光栄ですな。でしたら、次は親子水入らずの謁見をお願いします。」
「ははは。考えておくよ。
ーーさて。そろそろ遮音魔法も解いてやらねばな。
波の音に遮らていて我らの声が聞こえないと周囲がざわついてきているようだ。」
王が再びアリシア嬢を見てにこりと笑った後、頭上の空気を払うかのように手を動かした。
その瞬間、わたし達のまわりにあった見えない何かが消えたような気がした。きっと国王が遮音魔法を解いたのだろう。
「では、皆の者よ。今宵は存分に楽しんでおくれ。」
遮音魔法が解かれた『響海の間』に先程と180度違う威厳に満ちた国王の声が響き渡った。
その声を合図にしたかのように演奏家達の音楽が再び聴こえだす。
そして、王族の周りを囲っていた水飛沫に隠されるように、国王の姿が消え、正妃、側妃の順に消えていく。
水飛沫が王子達をもこの場から消し去ろうと彼らの周りを囲った時、第3王子レオンハルト様が何か言いたげにがたんっと席を立とうとした。
先程まできらきら輝いていた彼の青く澄んだ瞳は、アリシア嬢を心配そうに見つめている。
しかし、あっという間に水飛沫に包まれ他の王子とともに彼の姿も消えていったので、彼がアリシア嬢に何を言いたかったのかはわからかった。