しあわせパンプキン☆ 後編
今年もよろしくお願いしますー。
お正月に更新があるかもと見に来てくださった方さすがです。
やばい。非常にやばいでありますぞ。
どうしよう。
右を向いても建物。左を向いても同じような建物。
もしや、私はこのまま街で遭難し、何十年何百年と彷徨い続けることになってしまうというのか...。
所持品はカゴのみ。中には子供たちがお菓子交換してくれた菓子が少しは入ってはいるが、この量ではいまから続くさすらいの旅(ただの迷子)の食糧を補うことはできないであろう。
詰んだでありますぞ...。
茫然と立ち尽くす私の足元に、握っていたカゴがボスンと落ちた。
決して涙という名の液体ではない、なにかの水で、決して涙ではないでありますぞ、その何かで視界がじわっと滲み、くっと袖で拭おうとしたが、フルフェイスの着ぐるみを着ていたせいで、側から見たら顔を洗う猫の仕草にしか見えなかったであろう。
うむむ、と着ぐるみの頭をぽすっとはずし、視線を上に上げた。
「む?あれ?もしかしてここは、いつもにゃっぴいバッグで並ぶ神店の近く...?」
先程は焦りからよくわかっていなかったが、若干見覚えのある風景を見つけて、私の胸はホッと落ち着......かなかった!いや、落ち着けるわけがない。
「ああ!素晴らしい!街に繰り出した(脱走した)日に、偶然にも我が推しの直営店の近くまで来ることができようとは...!!運命...運命でありますぞっっ!!待っていてくだされでありますぞ!!」
再びバフっと着ぐるみの頭を被った私は意気揚々とかつて知ったる道を足取り軽く歩き出したのだった。
◇
俺はいま何を見ているのだろう。
いや、何を見せられているのだろう。
目の前には着ぐるみのミケ猫(言いたくないがこの国の第一王子殿下)と、先程急に路地からやってきた、なぜかやはり着ぐるみの白猫が見つめあっている。いや、たぶん、おそらく、アルフォンス殿下は「なんで着ぐるみがもう一体?」と無言で相手を見ているだけなんだろうが、どうやら白猫の着ぐるみのほうはそんな落ち着いた状態じゃないようだ。
両手を前に組み、殿下を、ミケ猫を崇拝の対象のように見つめている。そしてやたら白猫の周囲が熱い。
なんだ?この熱気は!?もしや、あの白猫の着ぐるみは、ミケ猫の中身が殿下と知っていて命を狙う刺客かっ!?何か着ぐるみの中に発火物を隠している?
そういえば、あの腕に通している籐のカゴもあやしい。中に何か隠し持って...。
その時、「ト...」と白猫の着ぐるみがミケ猫の殿下に手を差し出した!
あぶない!殿下....!!
俺はとっさにアルフォンス殿下を守るべく、白猫と殿下の間へと体を差し込もうとした。
「ぐふぅっ!!」
で、殿下...。
なぜ俺を水魔法で50メートルほどぶっ飛ばすんですかあああぁっ!?
そう、俺が殿下を護ろうと地面を蹴った瞬間、俺の近くにあったマンホールの蓋がバンッとふっとび、中から大量の水が俺を目掛けて飛び出してきたのだ。
水道の事故ではあきらかにない。この場にいる者で故意にこんなコントロールのよい水流を作ることができるのは上級水魔法の使い手であるアルフォンス殿下ぐらいだ。
殿下、これ下水だったら一生お恨みしてましたよ?
「ト、ト、ト、」
線のような目で倒れた場所から殿下を見やれば、白猫はとくに凶器や爆発物などを持ってはいなく、ただ殿下へと手を差し出していただけであった。
なんだ?ト?あの白猫着ぐるみは何をしたいのだ?
「..............。」
アルフォンス殿下はじっと白猫をただ見つめている。
「トリック、オぁ...トリ...ぃと!!」
慌てたような仕草で両手をミケ猫殿下へと差し出す白猫。
「だ、ダメ、でありますかな?や、やはり子供にしか、か、菓子は配ってないであります、かな...?」
声色から白猫の着ぐるみの中身はおそらく若い女性なのだろう。しかし、なんだかどこかで聞いたことのあるような口調だな。
たしかに子供優先で菓子は配っていたが、子供限定で配っていたわけではない。しかし確か菓子はもう残ってないはずだ。配り終わり、そろそろ城に戻ると殿下に言われた後に白猫はあらわれたのだから。
殿下はどう対応するのだろうと護衛のできる距離まで戻り、見ていればアルフォンス殿下はパカっと菓子の入っていた段ボールを開けて白猫に見えるようにしたのだった。
◇
「あ......。そうでありますか。もう菓子はないのでありますな。」
ショボボンとうなだれる私。
めげるな、私。
ハロウィンのこんな日に推しのキャンペーン着ぐるみに出会えただけで満足ではないかっ!
そうでありますぞ。これ以上望むのは贅沢すぎる。
これ以上望めば一生分の運を使い果たしてしまうでありますぞっ。
さっと手を下ろそうとした時、
「.........?」
ぐっと何かが私の腕を掴んだ。
........もふもふだ。
そう、私の手を掴んだのは推し(ミケ猫)のもふもふの神々しい前足だった。
ぷにぶにの肉球がなんとも言えない。
肌に触れるもふもふの毛は天にも昇る感触。
推しは私の手を優しく包み、まるで握手するかのように揺らした。
「〰︎〰︎〰︎〰︎!!!」
ーーーそれからの記憶は私にはない。
迎えに来たロナポワレ家の御者にあとから聞いた話では、店の前で鼻血を噴き出して昏倒していたそうな。
ユリアンに般若のごとき形相で怒られたあの日から数日経った。今日も今日とて、私はそおっと屋敷の最上階の窓から街を覗く。
我が家老ユリアンは、今日も今日とて、父上の大事なコレクション部屋にモップをかけてはいるが、ハロウィンの日よりその視線は常に私に突き刺さっていた。
「ベアトリクスお嬢様。つぎに同じようなことがありますれば、このじぃや...」
「わかっている。ユリアン。今日は脱走などしないでありますぞ。それより、ちゃんと前を見ぬと調度品を倒してしまうではないか。」
「今日だけじゃなく、これからもこのユリアンに黙ってお一人でいくなどは....、おや、お嬢様?手がどうかなされましたか?」
「ん?いや、なんでもないですぞ。」
そう言って私は窓から太陽にかざした自分の手を見る。
思えば幼いころから両親は忙しく私が伸ばした手はいつもすぐにはつないでもらえなかった。
愛情が足りていなかったわけではない。
親は私をいつも大事に思ってくれていたことはわかっている。
だが、さっと出した手をさっと握りしめてくれた記憶はなかった。
じっと片手を見る。
「つないでくれたのだ。
皆と同じようにな。」
ハロウィンで菓子をあげた子供たちが家族とつないていたように。同じように。
それはまるで、すごく近くに愛情があるかのようで。
つないだ瞬間に心がふわふわと暖かくて。
きゅうとなってくすぐったい。
「こういうのが、...幸せと言うのでありますな。」
掲げた手を裏表ひっくり返し、それを繰り返しながら、私はユリアンにもわからないほどの声でぐふふと笑ったのだった。
ーー 『しあわせパンプキン☆』 完 ーー