第117話 ≪エルケ
玉座に座り、肩肘を肘おきにつき、顎に手を添えながらニコニコと微笑む銀髪の男性。
肩下まである艶やかな髪は先程の水飛沫のようにキラキラと繊細な輝きを放ち、片側の耳後ろの1房だけ三つ編みをされ白と赤の飾り紐が編み込まれている。瞳は澄んだ海の青。明るい南の海を彷彿させるどこまでも透明で全てを見透かすような...、そんな青だ。
(この人が国王陛下......!!)
ニコニコと親しみやすい笑顔をしているのに、周囲の礼の姿勢をとっている貴族も使用人も、そして空気さえもが彼の存在に圧倒されている。
さっきまで聴こえていた宮廷に響き渡る音楽も止まった。
わたしもはじめて見る王族に、体が固まって動くことができなかったが、わたしの横をすり抜けて前に出たガーラント公爵が通り過ぎる際に、わたしの肩後方をポンと優しく叩いてくださったことでハッとして慌てて身を屈め、礼の姿勢をとった。
ガーラント公爵はアリシア嬢の横に並び、カーテシーをするアリシア嬢の横で礼をする。
「せっかくアリシアとゆっくりと話すことができると思ったのに、残念ではないか。」
国王は笑顔のまま公爵へと話しかける。
「〰︎〰︎〰︎っ!『残念ではないか』ではありませんよ、陛下っ!よくも結界管理をアリシアとの謁見直前に私とテオドールにおしつけやが...、いや押し付けてこられましたね!?
アリシアはこの1年、領地で療養していたのですよ!侍女を連れる許可をいただいたとはいえ、1人で王宮に赴くなど、どれほど心身に負担になるかおわかりですかっ!?」
「それはすまないな。今日はどうやら人手不足のようでね。光魔法の得意なそなたとそなたの息子に急遽協力をお願いしたのだよ。」
爽やかな笑顔で応える国王に対して、ガーラント公爵は青筋が立つほどぷるぶる震えて、表情こそ笑顔を貼り付けているが、逆にその笑顔が恐ろしい。
国王じゃなかったらぶっとばすぞ、オラ、みたいなドス黒いオーラが公爵から漂っている。
「こんなにひとが居るのに人手不足?
わざとですね?」
「なんのことかな?」
ニコニコ、ニコニコ。
わたしの目の前で人を手のひらの上で弄んでいるような楽しげな笑顔と、どす黒い怒りを含んだ満面の笑顔の応酬が展開されている。
「ツヴァイア。」
一体どうしたら?と周囲の空気が困った雰囲気となった時、冷たく落ち着きはらった声が国王の近くから嗜めるように響いた。
ツヴァイアとは現国王の名だ。
その声の主の方向に礼をとったまま上目遣いに目を向けると、そこには小柄でまるで人形のように無表情な足元まで届きそうなほどの長い髪をした女性が豪奢な椅子にすっぽりと座っていた。
その瞳は真っ直ぐに前を見据えていて、国王に顔を向けてはいないが、国王が笑顔のまま「ん?」と彼女を振り向いたので、おそらく彼女が国王の名を呼んだのだろう。
国王を呼び捨てにでき、彼の玉座に1番近い席に鎮座している彼女はおそらくこの国の王妃、シャナス様だ。
公爵家に仕える前に王族や上級貴族について名前や知識はある程度叩き込まれたからわかる。
「旧友と戯れつくのもたいがいに、そう言いたいのだろ?シャナ。
私も同意見だ。
国王と公爵の威圧で民が固まってしまっている。」
今度はシャナス様の反対方向から明るく溌剌とした女性の声が響く。
シャナス様と国王を挟み反対側に座る燃えるような赤い髪の大柄な女性。
彼女が両側の口角をきゅっと上げくくっと笑った。
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