第112話 ≪エルケ
猛ダッシュで廊下を走るハンナさんを追いかけてエントランスに向かってわたしもひたすら走る。
全速力で公爵邸を侍女たちが走るというマナー違反をしているというのに不思議なことに誰も咎める人はいなかった。この屋敷内ではアリシア嬢の脱走は全使用人が知っていることなのだろうか。
「おい。」
「!?」
急にぐいと腕をひかれ、近くの部屋に引き込まれた。
全力で走っていた勢いそのままで引き込まれたので、体勢を保てず部屋の中に転がったが手をついてなんとか頭を守る。
「な、いきなり、なに...なんなのですか?」
振り向いた先にいた人物に文句を言おうとして、その相手が使用人ではなかったことに言葉遣いを仕方なく改めた。
「そこを移動していただけますか?
他の侍女達に付いていかないと...」
「アリシアのいる場所などすでにわかっている。」
部屋の扉の前に立ち塞がった金髪の少年テオドールは、カツカツと靴音をならしながら近寄り、私の前に方膝をついて、起き上がりかけたわたしの顔をのぞきこんできた。
「忠告しておく。いまから行く場所でアリシアといる人物に決して関わるな。わかったな。」
耳元でそれだけ言うと立ち上がったテオドールは、開きっぱなしの扉から廊下へと、こちらを振り向きもせず出ていった。
なんなの?
こんなに早くアリシア嬢の居場所がわかっていると言うことは、やはり密かに護衛をつけているんじゃない。
それに彼女といる人物に関わるなって?
「エルケ!こんなとこにいたの?急いで!」
わたしがついてきてないことに気づいた先輩侍女達が、戻ってきて開きっぱなしの扉から顔を出した。
「今回はあなたがお迎えに行くようテオドール様から指示が出たわよ!」
は?わたし?
「も、いちいちめんどくさい.....!」
小声で呟きながら、お仕着せをパンパンと叩き立ち上がったわたしは、心の中の気持ちとは真逆に先輩達ににこりと笑う。
「かしこまりましたわ。」
◇
「......なんて大きな書店。」
先輩方に指示され馬車で向かった場所は、思わずあんぐりと口を開けそうになるほど大きな大きな書店だった。
なんでも今わたしの前に建っているこの要塞のようにがっしりとした煉瓦造りの大型書店はフリックル男爵という人が経営する書店らしい。
さすが王都。ガーラント領も豊かであるから書店はかなり大きかったけど、この大きさは比べ物にならない。
店の前には警備をかねた書店スタッフがドアマンわしていて、わたしが馬車から降りるとぺこりとお辞儀してさっと店の扉をあけてくれた。
さて。
ぐるりと店内を見渡す。
赤い絨毯にオーク材の本棚。落ち着いた雰囲気の店内を魔法で灯されたランプが至るところに置いてあった。
沢山の客が静かに本棚を歩き回り自分の気になる本を見つけては手に取り、気にいるとレジへと移動していく。
アリシア嬢のだいたいの居場所はなんとなく検討がついていた。
領地で見たアリシア嬢の書棚に並んでいた本の傾向を見れば明らかだ。きっとこっち....。
本棚の上に吊り下げられた植物の葉の模様の装飾のついたプレートを見て、おそらくアリシア嬢がいるだろう方向へと進んでいく。
大きな棚を4つほど通り過ぎたとき、ヒソヒソと小さな声で喋る子供たちの声がした。
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