第110話 ≪エルケ
恋愛小説『リーシャ・マクスランダは天才である。』も数話投稿しています。
『白魔法使いと7人の弟子たち ーうちのコがご迷惑をおかけしています。』も投稿しました。
遠くまで逃亡するつもりかとアリシア嬢を追いかけたが、意外にも彼女がたどり着いた場所は野菜売りの店からほど近い場所だった。
白いレンガ作りの建物に入って行くアリシア嬢が扉を閉めた後、追いついて隠れていたわたしは植え込みから姿を現した。ガサリと出てきたわたしに歩道を歩いていた高齢女性がびっくりして腰を抜かしてしまったので「失礼いたしました。」と謝罪して起き上がるのを手伝いながら店の2階外壁に掲げられた看板を見る。
「......書店。」
さっきの本棚に並べられた傾向からまさかまたあの手の破談モノの類を買いにきたんじゃ...。
一体何を考えているのかしら。
まさか本気で王族の婚約者になるのを回避しようとしている?
眉間に皺を寄せて書店の扉を見ていると、さっき店に入ったばかりのアリシア嬢が書店の包みを抱えて店から出てきた。包の中は形から見て書店で購入した本であるようだが、その包みを抱えるアリシア嬢の表情は今まで見たことがないなほどに活き活きとしている。
アリシア嬢は植え込みの前で立ち尽くしているわたしにはまったく気づいてないみたいだ。
するとホクホク顔のアリシア嬢の前に少し急ぎ足でやってきた美しい装飾のついた馬車が止まった。中から従者らしき者が降りてきて扉横に控えると続いて場所の持ち主と思われる金髪の貴族服の少年がゆっくりとアリシア嬢の前に降りてきた。そして彼がアリシア嬢に何かを喋るとアリシア嬢はてへっと顔を崩しながら笑い、少年の手を取り馬車の中へと入ってしまった。
「いつまで見てるんだ?」
従者に馬車の扉を閉めさせると、とがめるような少年の声が辺りに響き渡った。
うっ、と目を見開いて固まっていると、少年...テオドール・フォン・ガーラントがこちらを振り向いた。
「ここまでアリシアを追いかけて来れたことは褒めてやる。今までの侍女たちは、夕方ごろにアリシアの脱走に気付いてあたふたするだけだったからな。」
今までってことは脱走は常習か。
しかもやっぱり妹に過保護な兄が密かに護衛をつけているんじゃないか!
「ちなみにそのあたふたした侍女たちはどうなったのですか?」
どうせ尾行に気づかれているならと馬車の近くに歩み寄りテオドールに質問した。
なんとなく返答の予想はつくけど。
「さあ?今ごろ実家の領地の農園の手伝いでもしているんじゃないか?」
......かわいそうとは思わないが不憫だわね。普通は
公爵令嬢は脱走癖なんてないだろうから、まさか自分の主が荷箱に身を隠して街にいっているなんて思わないだろうに。
「おまえも馬車に乗れ。公爵邸に帰るぞ。」
ガタゴトと揺れる馬車の中で包をギュッと大事にそうに抱えたアリシア嬢を見るテオドールの瞳はわたしや他の使用人には絶対に見せないような優しい目つきだった。しかしながら、たまにわたしと目が合うとギロリと睨みつけてくる。ここまで兄バカであると逆に清々しい。
「エルケ、あのぅ。」
勝手に部屋から脱走したことが今まではすぐにバレたことがなかったのだろう。アリシア嬢が包みを抱きしめたまま横に坐るわたしをおそるおそる見やりながら、わたしの顔を伺ってくる
「行きたい場所、購入したい物があるなら、まず専属侍女であるこのエルケにご相談ください。何も言わずに屋敷を抜け出すと街で何かあった時にどうするんですか?」
「ごっ、ごめんね!」
人騒がせなと若干本気で立腹しているわたしに、貴族令嬢とは思えないほどの謙虚さで謝ってくるアリシア嬢。
しかし、次の瞬間ほわぁとした表情で嬉しそうに笑った。
「なんで笑ってるのですか?わたしは怒っているのですが。」
「え、っと、その...、だって、怒ってくれたってことは私を心配してくれたってこと...でしょう?」
アリシア嬢に言われて、はっと目を見開く。
心配?
わたしが?
アリシア嬢を?
まさか!!
「心配とかではなく、公爵令嬢としてあるまじき行動に呆れているだけです。」
「えっ、そんなぁ...。」
口元を尖らせるアリシア嬢から視線を逸らすと、アリシア嬢の前に座っていたテオドール公爵令息と目があった。
また睨まれるのかとふうと心でため息をつくが、意外にもテオドールは睨みつけてはこず、彼はただ顎に手をあてて「ふーん」と目を細め感情なく呟いただけだった。
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