第109話 ≪エルケ
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ふむ。この街路樹と植え込みに隠れていれば気づかれず済みそうだわ。
そっと馬車道脇に植えてある木の近くの植え込みの中に身を潜めて、馬車道に止めてある野菜売りの馬車と店を交互に見ていると、野菜売りの男が野菜の入っていたと思われる空箱や使用が遅れ傷んだため回収された野菜が入った箱などを歩道へと荷下ろししだした。
さっき公爵邸で、小さな何かが入り込んだ箱も積まれていく。すべての箱を下ろすと、男は野菜店のエプロンをつけた店員に何かを声かけた後、馬車をゆっくりと走らせ去っていった。
おそらく馬車を馬舎へと戻しに行ったのだろう。
馬車を見送った後、エプロンをつけた店員は男が置いていった箱を店の横の路地へと運びだした。
そのうちの1つの箱をじっと観察する。
「なぁ?」
「しっ!静かに!」
「なぁ?」
「しっ!」
「いや、しっ、じゃなくてさ。」
「もう、なんですか!相手に気づかれたらどうするの!」
わたしが振り返ると、居心地悪そうな表情をした庭師の青年がハンチング帽を握りながら植え込みの茂みから顔を出した。庭師のマークスだ。ちょうど彼が街まで花の栄養剤と新苗を買いに行くというので、公爵邸の使用人用の馬車に同乗させてもらったのだ。
「いや、相手ってのがよくわかんねぇが、気づかれるどころか、逆にオレたち、めちゃくちゃ目立ってないか?うおっ!?」
スポンッと植え込みの上からわたしが顔を出したのに、マークスが驚きの声を上げた。
ひっつめたわたしの髪に植え込みの葉っぱがたくさんついていて、顔を出したと同時にそれらがハラハラと落ちていく。
「なにかしらあれ?」「植え込みの中に落とし物でもしたのか?」通行人が興味津々でこちらを見てくる。
「確かにこのままでは目立ちますね。うーん、だったら植え込みに紛れるなら植え込みになりきれば目立たないのでは?」
ハラハラと落ちる葉っぱを手に取りわざとまた髪にからめてみる。しかしついていた葉だけでは足りなそうだ。わたしは植え込みの低樹木の葉をちぎって頭につけようと葉に手を伸ばした、その時だった。
「ダメだ。ダメだ。自然と落ちた葉ならともかく、一生懸命に葉を広げている樹木から葉をちぎり取っちゃいけねぇ!」
庭師のマークスが庭師らしいことを言う。
見た目はピアスだらけだし、庭師の作業着を着ていなかったらいまどきの青年にしか見えませんのに。意外と真面目なようだ。
仕方ない。今回は心許ないが数枚の葉っぱで植え込みの真似をしよう。今後こんな機会が訪れたなら、そのときは造りものの葉や花で身を隠そうかしら。
そんなことを考えている間に、エプロンの店員が全ての箱を運び終え、店の中に戻って行った。
すると、それを待っていたかのように1つの箱がガタガタと小さく揺れ出した。
「げっ、なんだ、あれ?」
マークスが植え込みに顔を埋めながら眉を顰める。
「あれは......、」
箱の蓋が開き、隙間から小さな白い手がにゅっと出てくる。周囲に誰もいないかを確認したそれはほっとしたかのように上半身を箱から出し、よいしょっと足を地面に下ろして、タタタッとスカートをはためかせながら街の奥へと走り出した。
「あれは、お嬢様ですね。」
「は?お嬢様って、まさかアリシアお嬢様あぁっ!?」
「では、わたしはお嬢様の専属侍女なので追わせていただきます。」
「えっ!?ちょっ、待て。おいっ!?エルケ!?」
驚いて一瞬タイミングを遅れたマークスをその場に置いて、わたしはひらりと植え込みから飛び出し、迷惑な脱走お嬢様を追いかけて猛ダッシュで走り出した。
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