第107話 ≪エルケ
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「お嬢様?お休みになられているのですか?」
朝食を付き添い、王太子妃候補としてダンスレッスンやマナーを公爵家の家庭教師から学ばれたあと昼食を終えたアリシア嬢から退室の許可をもらい自身の昼食を使用人部屋でとってきた。その帰りにお茶を用意しアリシア嬢の部屋へと戻ると、なぜか部屋はしんとしていた。よく見ると寝所のシーツがこんもりと膨れ上がっている。アリシア嬢が午前中のダンスレッスンに疲れて昼寝をしているのかと声をかけたが寝台はピクリとも動かなかった。
爆睡しているのかしら?
いや、しかし...。
ふと思いついて、入って右側の衣装部屋に続く扉を開け放った。
「ないですね。本日アリシア嬢の着ていたドレスは。」
でも、
「ありますね。アリシア嬢の夜着が。」
ふぅむと少し顔と目線を上に向け、ちらりと衣装部屋を見渡すと奥のキャビネットの引き出しが少しだけ、ほんの少しだけ開いている。数ミリ単位で。
「なるほど、なるほど。」
くるりと踵を返し、カツカツとアリシア嬢の寝台まで歩いて行く。
「失礼します。」
一応失礼があっては後々ややこしいと思い断りをいれたあとに、ガバリとこんもりシーツをひるがえした。
シーツの下にあった固まりはアリシア嬢......ではなく、アリシア嬢が本日着ていた若草色のドレス。
それが丸まれてシーツの中にまるで人が寝ているかのように仕込まれていたのだ。
「..............。」
やっぱり、と言う気持ちと、ややこしさに目が線になりそうだが、アリシア嬢付きの侍女としてここにいる以上、見て見ぬ振りもできない。
「探しますか。他の者に気づかれないうちに。ああ、なんてめんどくさい。脱走癖か何かあるっていうわけ?」
線になっていた目を開いて部屋中をくまなく観察した。すると本棚の異様さに気がついた。半分以上の本にブックカバーがかけてある。残り半分の本にはカバーがかけていない。カバーがない本はマナー本やこの国の子供向けの歴史本、そして御伽話などの児童書だ。
半分カバーがかけてある本はなんだろう?
そういえば、ベッドサイドにある本にもカバーがかけてあったと本棚になおすついでにパラッと中表紙を覗いてみた。
「は?『誰でもカンタン婚約破棄のススメ』?」
何これ?
「まさか!?」
手に持った本を棚にしまい、その隣のカバーがかけてある本を手に取る。
「『ラクラク婚約破棄』、『すんなり婚約破棄物語』、『あとくされなく婚約者と別れる方法』...、こっちも!あっちも!?......なんなのこれ?カバーがかけてある本は全部婚約を解消する本ばかり!?」
なんで?アリシア嬢は5歳の時にこの国の5人の王子の中から王太子に選ばれた王子の花嫁になれる王太子妃候補の令嬢として選ばれたはず。
つまり、今はまだ候補であって婚約をしているわけではない。
ということは、アリシア嬢は王太子妃として婚約させられるのを嫌がっているということ?
未来の王太子妃になるのが嫌な大貴族の令嬢なんているのかしら?
まぁ、今はそんなことより。
パタンと本を閉じ綺麗に整列させる。
「アリシア嬢の足取りをたどるほうが先ね。」
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