第106話 ≪エルケ
◇
「おはようございます。お嬢様。」
言葉とともにシャーッ!!っとカーテンを開く。
「ほえっ?え?あれっ?エルケ!?」
天蓋付きベッドのシーツから顔を出したアリシア嬢が寝ぼけ眼のまま口をパクパクとさせている。
「え?なんっ、なんで......?」
何が起こったかわからないといった顔をしたアリシア嬢にわたしの後方に控えていた衣装班がお仕着せのスカートを翻しながら、ささっとドレスを着付けていく。
「今日のご予定は朝食後に申し上げます。まずは、公爵様達と朝食をめしあがるために食堂へと向かってください。」
「あ、はい。
いやいやいや!」
「おや?イヤですか?わかりました。
お嬢様は今朝は朝食をキャンセルということに。」
「いやいやいや!そうじゃなくてっ!
朝食はたべるってば!そうじゃなくて
エルケ、あなた公爵邸に居てくれたの?」
アリシア嬢が信じられない、と言った顔でわたしを見てきた。それはそうだろう。わたしのあんなツンツンした態度を見たのだ。公爵邸の仕事を断って男爵家に帰ってしまったとでも思っていたのだろう。
だけど、男爵家に帰ったんじゃないの?ではなく、公爵邸に居てくれたの?とはどういうこと。そんな言い方だとまるでアリシア嬢はわたしにここに居て欲しいみたいな言い方だ。あんな態度をとった人間をそばに置きたいなんて普通思うだろうか。わたしならごめんだ。
「仕事場ですから。」
「そうだけど...。あのっ、でもねっ。エルケがここで働いてくれるのは嬉しいけどっ。どうしてもイヤなら...っ帰ってもいいのよ?」
私といると......で.....死......だから...とアリシア嬢の語尾は声が小さくなって最後の方は聞こえなかった。
嬉しいような悲しいような複雑な表情でアリシア嬢がわたしを見てくる。何でそんな表情を?...よくわからない子だわ。
「お嬢様。グランダル男爵家には2人の娘がいるんです。」
「え?う、うん?」
突然身内話を持ち出したわたしにアリシア嬢は目を瞬かせながら頷いた。
「長女は次女であるわたしと8歳も歳が離れていて、婚約者がいます。来年の春には挙式予定です。」
「そうなのね。おめでたいことだわ。」
「その婚約者は商家の次男なのです。幼いころから商いを学んできたサラブレッドです。
姉には幼いころから婚約者候補が何人かいましたが、全て商家の者です。この意味がわかりますか?」
「意味?」
「そう、この姉の婚約はグランダル男爵家の領地経営立て直しのためだけの婚約です。姉に結婚相手を選ぶ自由はない。これが本当におめでたいですか?」
ハッとしてアリシア嬢が片手で口元を抑えた。
「そしてわたしもです。
困窮したグランダル家にいつまでもいることはできない。
ここが、公爵令嬢様付きの侍女という立場が最良の仕事だと判断されたから、ここに連れてこられたのです。わたしに選択権はないのです。
さあ、お嬢様、食堂に行ってください。」
そう。選択権はないわ。どんなにイヤでもね。
「エルっ......。あ...う、うん。わかったわ。」
話はこれで終わりとばかりにアリシア嬢の私室の扉を開き、廊下へと促すと、アリシア嬢は一瞬何か言いかけたが、言葉を飲み込み歩き出したのだった。
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