第105話 ≪エルケ
「ふさわしくなければ、母様達にも影響が?
だったら、ふさわしくふるまうしかないですよね。」
無表情でカーテシーをしながら、皮肉めいたことを言うわたしにアリシア嬢の兄は眉をあげた。
「その必要はない。君がここを辞めさせられてもグランダル家への支援を僕の両親が止めることはないだろう。いつわりの態度でアリシアに近付かれるほうが迷惑だ。あの子に必要なのは、あの子を守り心から信頼できる侍女だ。僕は君がそうだとは思えない。」
どこまでも冷たい表情と淡々とした発言の相手に、なぜか心がざわっとする。
「ですが、お言葉ですが、テオドール様。わたしをアリシア様付きにすることは大人達が決めたこと。今の段階でテオドール様が公爵様達にわたしを辞めさせるよう言っても、その通りにはならないと思いますわ。」
アリシア嬢の面倒を見るなんて冗談じゃないとさっきまでわたしは思っていたのに、彼女の兄に「アリシアにふさわしくない」と指摘されたことに何故か少しイラついている自分がいる。
「ふーん。ちょっとは頭が回るみたいだね。
そうだね。今僕が何か言っても大人達を説得はできないだろう。」
彼がわたしの悪口やデタラメの失態を告げ口すれば、公爵様達も動くかもしれない。しかし彼はそんなことをするつもりは初めからないみたいだ。妹を溺愛しているようだが、どうやら常識はあるらしい。
「だけど覚えておきなよ。
アリシアを悲しませる人間はこの公爵邸には要らない。何かあればすぐに辞めてもらうからな。」
そういうと、テオドール公爵令息は踵を返して屋敷の中へと戻っていった。
............。
「おい、大丈夫か?」
黙りこくったわたしを心配したのか庭師のマークスが横から声をかけてくる。
「坊ちゃんはアリシアお嬢に関わることについては厳しいけど、普段は結構優しいんだぜ?だから、な?さっきのことは気にすんな。」
「......気になんてしていないわ。
でも、まぁ、気を遣っていただきありがとう。」
「そ、そうか?」
マークスが被っていたハンチング帽をおろし、胸元でぎゅっと持ちながら安堵した表情をした。
「ええ。気になんてしてないわ。腹は立っていますけどね。」
「え?」
マークスが目を丸くする。そんな彼ににっこりと微笑みかけたあと、私はテオドールが戻って行った屋敷の扉を睨んだ。
人の気持ちを一切無視した物言い、高位貴族とはそんなに偉いとでもいうのかしら。
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