第102話 ≪エルケ
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あらまあ、やっとわたくしの番がまいりましたね。
いつも主人を応援いただきありがとうございます。
まあ?どなたにご挨拶をしているのですかって?
目の前の貴方ですわよ。貴方。
そう、このエルケの語らいを読んでくださっている貴方ですわ。
さあ、まず何から話しましょうか?
わたくしが愛用しているメモ帳の中身が知りたいですって?ほほほ。それは聞いたあと三日三晩眠れぬ夜を過ごすことになりますけどよろしいでしょうか?とくに背後にはお気をつけて。世の中には知らない方が良いことも沢山あるのですわ。
ああ、それでは、新しく発売された使用人頭似のモップの話などいかがでしょうか?
あら?それには興味がない?残念です。なかなかの洗浄能力ですのに。ただ一つやっかいなのは、さらに使用人頭のカツラとモップの見分けがつきにくくなったということでしょうか。
まぁ、そんな線のように遠い目をしないでくださいまし。無駄な知識も千あれば主を救うというではないですか?あら、ご存知ない?失礼致しました。これはガーラント家使用人訓示でございましたからご存知ないのも仕方がありませんね。そもそも自分には主などいない?そうでしたか。お仕えの方がいないとは......。わたくしにはおります。
アリシア・フォン・ガーラント公爵令嬢様。ガーラント家の一人娘。
そう、今目の前の天蓋付き寝台の上に仰向けになりレナーテ様の手紙を見ながらうんうんと唸っているハニーブロンドの美しい方ですわ。
ああ、あまりに考えこんでしまい髪をかきむしっていますわね。今度は考えすぎて疲れたのか寝てしまったようです。髪はぐしゃぐしゃ、着たまま寝台をゴロゴロしたせいかドレスはシワシワ、お口元からはヨダレが...。王太子妃教育係が見れば真っ青になるだらしなさでございます。
ワタクシはふふ、と笑い白いハンカチをポケットから出してアリシアお嬢様の口元を拭き髪を整えます。ドレスを夜着に着替えさせたいところですが、そうすると起こしてしまいそうなのでやめておきましょう。
アリシアお嬢様の口元に手を当て息を確認します。
ああ、ちゃんと呼吸をしていらっしゃる。
お嬢様が王宮で倒れられ、目を覚さない日々が続いたため、回復された今でもエルケはこうやって呼吸を確認しなければ気が済まないのでございます。
お嬢様は今までも何回か倒れてしまわれることがございました。アリシアお嬢様の乳母であったわたくしの母が言うにお嬢様が最初に倒れられたのは5歳の時だそうです。ちょうど王太子の婚約者候補に選ばれたときですね。ガーラント公爵邸が魔獣の火で火事になった時も使用人達を先に逃すために最後まで公爵邸に残り煙を吸ったせいか意識を失われたことがあります。
しかし、その以前にもお嬢様は倒れられ、何日も目を覚さなかったことがあるのです。
あれは、このエルケがまだアリシアお嬢様を.....恨んでいた頃の話です。
今でこそ、角砂糖より固いアリシアお嬢様への忠誠心を持っておりますが、あの頃のわたくしはアリシアお嬢様の苦悩もしらず、ただ、ただ、お嬢様が羨ましかった。何不自由もない暮らしの中、ご両親も健在、家族からも溺愛されているのに、なぜ、なぜわたくしの母までも奪うのかと、そう思っていたのでございます。
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