第99話
◆
「アリィ。客が来たようだぞ。」
コンコンと扉がノックされ、低く落ち着いているがそれでいて明るい口調の男性の声がかかる。
扉にさっと近づいたエルケが扉の外の人物を確認して開いた。
声と同じ明るいストロベリーブロンドの髪の青年が部屋の中へと入ってくると、彼の纏う明るい雰囲気から退屈をしていた自分の心がパッと晴れるような気がする。
「ハインツ従兄様。」
「アリィ、支度ができ次第、客間においで。君が喜ぶ客だ。」
そう言って爽やかに笑うと踵を返して廊下へと消えていった。
「私にお客様?」
一瞬レオンハルト様を思い浮かべたけど、王族が来訪された時の対応にしてはハインツ従兄様の対応が気軽な感じがするから違うだろう。
それにもう何日もガーラント家にこもっているけど、レオンハルト様からはいつものお茶会の招待状も何もこない。
レナーテ様が光魔法で私の魔力暴走を止めてくださり身代わりに謹慎されていたのだとしても、魔力の高いレオンハルト様たち王族や魔法庁の高官達にはあの日実際は何が起こったのか王宮内の魔力の痕跡からおそらく全てを把握されているに違いない。
(愛想をつかされた、かな。このままレオンハルト様に会わないまま婚約が取り消されるのかしら...?)
なぜかは知らないが王宮内で闇魔法は禁忌だ。ルールを破ってしまったのだから、表向きはレナーテ様に罰が与えられたとしても、水面下で私にも何かしらの処遇が言い渡されるのだろう。
でもゲームでのあの辛いセリフをレオンハルト様に直接言われて断罪されるより、このまま...、会わないまま婚約を解消されたほうがマシなのかもしれない。
身支度をして、エントランスホールの階段を降りていく。ガーラント公爵家に客間はいくつかあるが、先ほどのハインツ従兄様の言い方を考えると、ゲスト用の寝具などがないエントランスに1番近い応接用のソファー室のことだろう。
どうやら当たりのようで、客間の前にガーラント家の使用人いる。客用の茶器をワゴンに置いていたが、私に気づくとその使用人は壁側に身を寄せて礼の姿勢をとった。
警備兵がいないということは、中にいる人物はある程度の剣技や魔術の使い手ということなのかな。それともハインツ従兄様が中にいらっしゃるから警備はいらないってこと?
一体誰が来ていらっしゃるのかしら?
コンコンとエルケがノックして扉を開く。
「アリィ様!!」
「アリィ殿!!」
プラチナブロンドの長身の美しい騎士とピンクの髪の華奢なメガネをかけた小柄な美少女が扉が開くと同時にソファーから勢いよく立ち上がった。
「シャル様...、ビーア様......っ!!」
彼女達の顔を見た途端、安堵したのか自身の頬に温かいものがつたう。
レナーテ様の発言に憤ってしまって、王宮で魔力暴走して、何かわからないものに引き寄せられるように歩いた記憶がうっすらとあって、いつのまにか古代の王城に足を踏み入れていて、それで、それで、気づいたらガーラント家で......。
目覚めたらレオンハルト様からのお茶会もなくなっていて。
ガーラント家から出れなくなって。
どうしたらいいのかわからなくて。
自分がどうしたいのかもわからなくて。
ゲームの強制力に怯えて。
でもレナーテ様が同じ転生者かもしれなくて。
もうぐるぐるぐるぐる考えてしまって。
大丈夫だ。きっと未来は変わるって。思いたくて。
でもダメかも、でも大丈夫かもって、ぐるぐるぐるぐる......。
でもシャル様とビーア様の姿を見た途端、会いに来てくれたんだってすごくホッとした。
シャル様もビーア様も、私がゲームの悪役令嬢であることはもちろん知らないけれど、会いに来てくれたことが彼女たちに私がこの世界に居ていいんだよって言われてるみたいで。
口元に震えた両手を持っていく。
扉から離れず俯いた私に2人が駆け寄ってきたのが気配と足音でわかった。
「アリィ様、どうしたのですか?」
「アリィ殿?なぜ泣いて......!?」
ポロポロ、ポロポロ、目から雫が溢れてくる。
「嬉しいのです。」
「「え?」」
口元に手を当てたまま、私は涙でぐしゃぐしゃな顔を上げて心配そうに私を覗き込む2人を見て微笑んだ。
「会いに来てくれて、ありがとう。
私、頑張る、から...うぅっ。ありが、とう。
頑張るから。ありがとう......。」
頑張る、なんて言ってもシャル様やビーア様はなんのことかよくわからないだろう。
でもシャル様やビーア様は私が落ち着くまで、大丈夫大丈夫と頭や肩を撫でて待ってくれたのだった。
◇ブックマーク、評価で応援いただけたら嬉しいです。