第92話 ≪ハインリヒ
「............っ。あ......ここは...。」
テオドールの瞳に翠色の光が戻る。
虚だった目の視点が定まり、はっきりと私をとらえた。
「目が覚めたな。テオ。ここは王宮だ。魔力の使いすぎでおかしくなったか?アリィのためにと早る気持ちはわかるが少し休んだらどうだ?」
そう言いながら、先程運んできたワゴンの料理をローテーブルに並べてやった。
「食べて寝ろ。おまえが寝ている間は私が修復を変わってやる。」
「だが、ガーラント邸のほうは...。」
「ああ、叔父上もかなり限界にきていそうな話だったな。だが、ガーラント邸には叔母上がいるから大丈夫だろう。
おまえが食事をし仮眠を摂ったら私はガーラントの屋敷に向かおう。私の父上がここ1ヶ月ほど魔鉱石に魔力をためてくれているからそれを使えば叔父上も休憩をとることができる。
だから今はとにかく食べて寝るんだ。」
わかったな、とばかりにテオドールの頭をグイッと押した。普段は冷静なこの従兄弟だが、妹の件になると途端に冷静じゃいられなくなるのは昔からのことだ。
妙なことを口走っていたが、きっと過労による幻覚か何かを見たのだろう。
諦めたのか大人しく食事を摂りだしたテオドールを頬杖をついて見ていると、彼の向こうの窓の外の異変に気づいた。
思わずガクッと頬杖から顎を滑らしてしまう。
「ちょっと待て。」
「どうした?ハインツ。食べろと言ったのはお前だろう?」
「食事のことじゃない。あれはなんだ?」
「あれ?」
振り向いたテオドールも窓の外を見て無言になった。
「あれは、レオンハルト様の執務室のある居館だな。」
「だな.....。」
たしかに今は冬だ。
しかし真冬ではない。ちなみにシーガーディアン国は南の海に近く、冬でも気候は温暖だ。たまに雪は降るが積もることも少ない。
「雪かきが必要か?」
「いや、必要なのは氷を溶かす温水じゃないか?」
そして同時に窓から目線をそらす。
窓から見えたのは、第三王子レオンハルト様の執務室のある居館。
しかも氷漬けの。
しかもあの場所だけなぜか猛吹雪だ。
あの場所、人が生きていけるのか?
婚約者に会えない第三王子が荒れているという話は聞いていたが、あそこまでとは。これでは、アリシアが早く王宮に戻ってこないと、宮殿全体が氷の城になってしまうのでは...?
はぁ。要るのは雪かきでも温水でもなく、アリシアだ。
「アリィは偉大だったんだな。」
「あたりまえだ。」
アリシアに会えない第三王子の荒れ模様を見て遠い目をした私にスープを飲んでいたシスコンテオドールが何を当たり前のことを今さら言うんだという顔をして答えたのだった。
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