第91話 ≫ハインリヒ
◆
「ぎゃあああっ!?」
「ひいいいいいいっ!!」
バンバンッ!!
扉から飛び出てきた薄紫色のローブの男2人が私の目の前ですごい音を立てての廊下の壁に叩きつけられた。
「な........っ!?お前たち大丈夫か?」
小走りに駆け寄ると、ロープの色と紋章の形からどうやら叩きつけられた者たちは魔法庁所属の者たちのようだった。
「い、痛たた...あっ!貴方はブリスタス公爵様の...!!」
「いかにも。ハインリヒだ。何があった?」
私がうなずくと、目の前の2人はよろよろと立ち上がりながらもなんとか敬礼し所属部署と名前を名乗った。
「それが...給仕の者たちがテオドール様にお食事をお持ちしたのですが、近寄れないとのことで私たち2人が呼び出され給仕たちの代わりにお食事をお持ちしたところ、この有り様です......。」
「近寄れない?」
はぁ、と眉毛をハの字にしてローブの頭巾は吹き飛びボサボサとなった髪をかきながら魔法庁の男は肩を落とした。
なるほど、たしかに彼らが吹っ飛んできた扉の横をみると、美味しそうな料理をのせたワゴンが置いてある。
扉が開いたままの部屋の中からはバチバチバチと魔力がはじける異様な音が聞こえてきていた。
「わかった。私が運ぼう。」
「えっ!?ですが、公爵家の方にそのようなことをしていただくのは......!!」
「かまわないよ。私のいとこの食事だ。
それよりテオドールが迷惑をかけてすまなかったな。
救護室で打ちつけた場所を診てもらうといい。」
「「あ、ありがとうございます!!」」
ぺこぺこと何度もお辞儀をしながら去っていくローブの男達を見送ったあと、はあ、と片手で頭をかかえながらもう片方の手でワゴンを押した。
さて、中はいったいどんな惨状になっていることだか。
バチバチバチバチバチバチ......!!
部屋に一歩入った途端に私を目掛けて黄色い光線が前後左右から襲いかかってきた。
なるほどな、これでは普通の魔術師達では太刀打ちできなかっただろう。
バチッバチッガンガンガンガンッ!!
私が私と料理ワゴンに張った光魔法の結界が彼の魔力を弾き飛ばしていく。
しかし、これではキリがない。
発生源が正気に戻らなければ、料理をその発生源の胃の中に押し込むことは不可能だろう。
私は息を吸い込むと、正気を失っている彼に話しかけることにした。
「テオドール。」
バチバチバチ、バチバチバチ......!
「テオドール!!」
目の前の人間型をした光の塊がハッとしたかのように身動いた。
「騎士団側の瘴気は私がすべて打ち消した。庭園は魔法庁長官があと少しで終わらせられると言っていた。
もう少しだ。もう少しでアリシアに会えるんだぞ。
正気失ってないで少しは食べろ!」
すうっと光が落ち着く。
眩しすぎて見えなかったこの部屋の持ち主テオドールの執務机や書棚がやっと姿を現した。
壁や天井からするすると消えていく光は、部屋の真ん中にいた光の発生源であるテオドールの中へと戻っていく。
がくんっとテオドールの体が揺れ、近くにあった休憩用の寝椅子に彼は倒れ込んでしまった。
「おい。大丈夫か?真っ青じゃないか。」
私がワゴンをローテーブル横に置き、テオドールの顔を覗き込むと、彼は虚な瞳で私を見上げた。
「間に合わなかった......。」
「は?何を言って...」
「間に合わなかったんだ!
もっと早くあの子に会いに行っていれば、こんなことにはならなかったのに!!」
テオドール?
何をいっているんだ?
テオドールが心配する相手などアリシアのことしか思い当たらないが、会いにいくとはどういう意味だ?
「どうしたんだ?
おまえはいつも間に合わなかったことなどないだろう?
幼い頃からアリシアがどんなに遠い場所で泣いていても、おまえはすぐに駆けつけていたじゃないか?
今だってアリシアのために宮殿のほつれた結界をおまえの光魔法で直しているのだろう?
おまえはいつだって、アリシアのために...」
「違う!!間に合わなかったんだ!!
もっと早く、もっと早く気づいていたら!!」
「テオドール!しっかりしろ!!」
◇ブックマーク、評価で応援いただけたら嬉しいです。